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原爆の絵

識別コード WH14-111
絵の内容 懐かしい広島の風物
作者名(カナ) 上西 薫(カミニシ カオル)
作者名(英語) Kaoru Kaminishi
当時の年齢
寄贈者名
種別 わがなつかしの広島
情景日時 昭和8年
情景場所
情景場所旧町名
情景場所現町名
爆心地からの距離
ブロック別
作者による説明 **絵中
パン
**裏
広島市の都市計画もその緒につき、全市主要道路のアスフワルト舗装も出来、大道路に歩、車の区別、プラタナスの植樹をやり出した位だから大体昭和八年位のつもりです。朝にまめ屋が来る。安くはなかったが色々な煮豆とコブ巻、に?を声を大にして売って歩く。出勤登校前で良く辨当のおかずに買ったものだ。十時すぎからパンやが来る。車の二■にとりつけた小だいこをパンパンとたたきながら来た。此の絵一枚にまとめては見たが実際は時間的にずれがあった。そうして十二時前に市内各小学校の門前に集る。辨のない学童が一せいに買う。夕方はコロッケ屋が来る。『コロッケーにカツレツ、フライにテンプラ、おいしいコロッケー』と云ってうる。その頃バスが三本出来た。駅-紙屋町-宇品、と比治山-タカノバシ-己斐、白島-八丁堀-ミユキバシである。これもなつかしい古い広島の風物です。亡命白系露人のパンヤが幟町に居たのは昭和八年、昔の女学院中学の裏。
53.6.5
〒□□□ □□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□ 医師 上西薫
電話□□□□□□□□□□
サイズ(cm) 25.5×35.5
展示の説明文

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