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トップページ原爆の絵鶴見町と川向こうの比治山下の町を往復する渡し舟

原爆の絵

識別コード WH14-034
絵の内容 鶴見町と川向こうの比治山下の町を往復する渡し舟
作者名(カナ) 勝田 光子(カツタ ミツコ)
作者名(英語) KATSUTA Mitsuko
当時の年齢
寄贈者名
種別 わがなつかしの広島
情景日時
情景場所 鶴見町
情景場所旧町名 鶴見町
情景場所現町名 鶴見町
爆心地からの距離 1,400m
ブロック別 国泰寺・千田地区
作者による説明 **裏
当時私達は鶴見町に住んでいましたが今の比治山橋が造られました以前の事此ち等は鶴見町、川向うは比治山下の町、電信隊と云う軍隊もありました。其處を往復する一隻の渡し舟がありました。朝夕のお勤めの人等沢山な人がお世話になったものです。竹屋小学校の校長先生、教頭先生、他の先生方も毎日此の渡し舟に乗っては学校に通って居られました。其の当時の川は水はとてもきれいで子供の頃よく泳いだものです。浅くなればしじみ貝を沢山取って来て母に味噌汁を作って貰ったものです。ひどく浅くなった時、渡し舟の小父さん(日焼けして元気そうな船頭さんでした)が川に入って舟を押してお客さんを向う岸まで運ぶのです。これを近くに居る子供達が手伝って小父さんを助けていました。本当に閑かな平穏な美しい姿でした。何處を見てものんびりしていて昔がなつかしゅうございます。
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勝田 光子
60才
サイズ(cm) 37.8×51
展示の説明文

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