トップページ原爆の絵猛火の中を逃げる親子。母親は炎に飲み込まれた
識別コード | SG-0334 |
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絵の内容 | 猛火の中を逃げる親子。母親は炎に飲み込まれた |
作者名(カナ) | 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) |
作者名(英語) | FUJIOKA Hisayuki |
当時の年齢 | 12歳 |
寄贈者名 | 藤岡 久之 |
種別 | 新市民が描いた原爆の絵(その他) |
情景日時 | 1945/8/6(時刻)午前11時頃 |
情景場所 | 薬研堀・鶴見橋附近 |
情景場所旧町名 | |
情景場所現町名 | |
爆心地からの距離 | 1,050m~1,400m |
ブロック別 | 銀山・幟地区 |
作者による説明 | 絵の中:№2 薬研堀「マキちゃん早く逃げテェー」「おかあちゃんー!」 別紙:薬研堀 №2 8/6AM11:00?過ぎ? 薬研堀、鶴見町附近 荒れ狂う猛火の中を、私後方より、親子らしき二人組がワァー、ワァー、と大泣きして小走りでやって来る。この大火の中をかなり怪我をしている。火に迫られて必死にお母さんが子どもの手を取り、「早く、早く」と走るが、お母さんが着物のため走りにくい。私の前で、お母さんは「早く逃げテェ!」と云って手を離し、「お母さんは後から行くから」の一言。その時、竜巻の様に渦巻いて猛火がお母さんを覆いかぶさるように呑み込んだ。それを見た子どもは、「お母ーさん!!」「お母ーさん!!」泣きくずれる。轟音を立てて荒れ狂う火の渦から早く遠ざからないと、と思い、子どもの手を"サーッ"と取って引っ張って鶴見橋を渡った。私は子どもに「お母さんは後から来ると云ってたネ!」と、子どもをなだめた。直ぐ近くに比治山派出所へ行く。事情を説明して預かってもらった。 |
サイズ(cm) | 38×54 |
展示の説明文 |