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トップページ原爆の絵治療のため多くの負傷者が集まっていた。焼けた自転車で遺体を運んでいる人もいた。

原爆の絵

識別コード NG358-07
絵の内容 治療のため多くの負傷者が集まっていた。焼けた自転車で遺体を運んでいる人もいた。
作者名(カナ) 玉田 吉之助(タマダ キチノスケ)
作者名(英語) Kichinosuke Tamada
当時の年齢 13歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集)
情景日時 被爆から数日後
情景場所 大河国民学校付近
情景場所旧町名 旭町
情景場所現町名 旭一丁目
爆心地からの距離 3,150m
ブロック別 比治山・仁保地区
作者による説明 **絵の中
焼けた遺体も焼自転車で運ばれた

絵7
数日過ぎても母と弟の消息がつかめず、大河小学校に収容所があると聞いて捜して歩いた。
多くの怪我人も治療のため集まっていたがこの地区は家屋が焼けていないので中心地区から避難して来た者が多い。
驚いたのは焼けた自転車に肉親の遺体を乗せて運んでいた指は燃え失せているが全裸で荷台にあった。

玉田吉之助
サイズ(cm) 27×38
展示の説明文

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