トップページ原爆の絵路面電車の台だけが残りそのまわりに黒こげの死体が横たわっていた。
識別コード | NG292-02-21 |
---|---|
絵の内容 | 路面電車の台だけが残りそのまわりに黒こげの死体が横たわっていた。 |
作者名(カナ) | 相川 国義(アイカワ クニヨシ) |
作者名(英語) | Kuniyoshi Aikawa |
当時の年齢 | 12歳 |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集) |
情景日時 | 1945/8/8 |
情景場所 | 広島電鉄前 |
情景場所旧町名 | 千田町三丁目 |
情景場所現町名 | 東千田町二丁目 |
爆心地からの距離 | 1,950m |
ブロック別 | 国泰寺・千田地区 |
作者による説明 | **絵の中 宇品港から、足も重く、電車道を千田町へと歩いていた。当てもなく六日から、今日は八日・・その間、口にしたのは、似島でのお茶一杯だけだった・・ その間、何んの焚出しもなかった。疲れと、空腹そしてこれからどうしたらいいのか・・足も重いはずだ。 御幸橋を渡り、電鉄前を過ぎ・・・千田小学校への大通りを横に見て、少しばかり、歩いた所で・・・足がすくんで、口もきけなかった。市電の台だけ残り、その廻りには黒コゲの死体ノ山、市電の乗客だったのだろう。あまりの無残さに体が動かなかった・・・ しかし、黒コゲ死体の所を、横切らないと、向う側には行けない。早くこの場から、逃れようと髪が逆立つ思いで死体をまたいで、もういいだろうと・・座り込んでしまってた・・・ ※作者の相川国義氏は、広島市で1945年8月6日に被爆。9日、逃れた先の長崎で入市被爆し、二重被爆(両市被爆)することとなりました。 |
サイズ(cm) | 25.1×35 |
展示の説明文 |