トップページ原爆の絵朝礼中、ものすごいせん光と地響きがあり、校舎の屋根がくずれ瓦や石が雨のように降ってきた。
識別コード | NG217 |
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絵の内容 | 朝礼中、ものすごいせん光と地響きがあり、校舎の屋根がくずれ瓦や石が雨のように降ってきた。 |
作者名(カナ) | 真鍋 美代喜(マナベ ミヨキ) |
作者名(英語) | Miyoki Manabe |
当時の年齢 | |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集) |
情景日時 | 1945/8/6(時刻)8:15 |
情景場所 | 舟入国民学校校庭 |
情景場所旧町名 | 舟入川口町 |
情景場所現町名 | 舟入南二丁目 |
爆心地からの距離 | 2,330m |
ブロック別 | 吉島・舟入・観音地区 |
作者による説明 | **裏 舟入小学校校庭 1945.AM8:15 4年生 10才 爆心地より2km -柳の木陰に守られた- 8月6日 朝から30゜近い暑さ、朝礼中、直射日光をまともにあびて倒れる子供がいた。笹村教頭先生が、校庭に植わった数本の柳の木陰に生徒を分けて入れた。疎開等で生徒数が少くなかったからである。(ちなみに先生達は前に立っていて校舎のかげになっていた) その直後、ものすごい閃光と天地が割れるような地響きがしたかと思うと、一瞬校舎の屋根が横ゆれして、そのまゝ落下してきて、瓦や石が雨のように降って来た。あたりは土けむりで暗くなり、何がどうなったのか、10才のわたしには理解出来なかった。 あの柳の木の陰にいて、太陽に顔をさらしていなかったからわたしは火傷をまぬがれた。そうでなかったら、おそらく肌の出ているところ全部が6000゜の熱線のため火ぶくれになっていたであろう。たった2、3分の時間が、そして光とかげのちがいが、人の運命を変えることを私は身をもって知った。落ちた屋根の残がいの下敷になった女の子と男の子が引っ張り出そうとしていた。立ちすくんだまゝわたしは、どうすることも出来なかった。8月6日は悲しい思い出がいっぱい、生涯ついて廻り私は苦しい。 |
サイズ(cm) | 25.2×35.2 |
展示の説明文 |