トップページ原爆の絵広島県産業奨励館近く、白骨化した建物疎開作業の中学生
識別コード | NG014-02 |
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絵の内容 | 広島県産業奨励館近く、白骨化した建物疎開作業の中学生 |
作者名(カナ) | 豊田 清史(トヨタ セイシ) |
作者名(英語) | TOYOTA Seishi |
当時の年齢 | 23歳 |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(平成14年収集) |
情景日時 | 1945/8/7 |
情景場所 | 細工町、広島県産業奨励館付近 |
情景場所旧町名 | 細工町 |
情景場所現町名 | 大手町一丁目 |
爆心地からの距離 | 50m |
ブロック別 | 平和記念公園・周辺地区 |
作者による説明 | **絵の中 原爆ドーム下、細工町 白骨化した疎開建物勤労生徒 清史 **裏 火幻社 豊田 清史 **別紙 広島を生き得た一教師のドキュメント 爆前・爆後 東京蒼樹社刊より 豊田 清史 著 相生橋を通ろうとして、私は細工町にさしかかった。悉く灰と化した建物、区画を保って、建物は推積し、それは一糸乱れぬほどの焼け抜け方である。町々のそれはあたかも火葬場の窯口をのぞきこむように一面に白く焼けとおり、瓦礫もここは箒目をあてたように白く秩序を保っている。その中に白骨の死体がずらりと座って、見ていると、どうかするはずみに、それが熱気流の川岸に向かって、動いて行く錯覚を覚える。私は(この白骨の行列は建物疎開に働いていた生徒たちだ!)このように感知した。私はもう腑抜けたようにそこの路上に座りこみ、一切が終息した気分で、このままひたりこみ、眠りたかった。それは安らぎに似た微笑みの思いだった |
サイズ(cm) | 44.8×45 |
展示の説明文 |