トップページ原爆の絵手当を求めて集って来た火傷の人々が死んでいった。
| 識別コード | GE23-14 |
|---|---|
| 絵の内容 | 手当を求めて集って来た火傷の人々が死んでいった。 |
| 作者名(カナ) | 太田 勝子(オオタ カツコ) |
| 作者名(英語) | OTA Katsuko |
| 当時の年齢 | 14歳 |
| 寄贈者名 | |
| 種別 | 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集) |
| 情景日時 | 1945/8/6(時刻)11:00頃 |
| 情景場所 | 広島陸軍共済病院 |
| 情景場所旧町名 | 宇品町 |
| 情景場所現町名 | 宇品神田二丁目 |
| 爆心地からの距離 | 3,200m |
| ブロック別 | 皆実・宇品地区 |
| 作者による説明 | **絵の中 八月六日午前十一時頃 現在の県病院の庭に次々と全身にやけどの人や傷の手当を求めて集って来た人々がバタリゝゝと死んでいく **裏 太田勝子 (旧 川地) |
| サイズ(cm) | 27×38 |
| 展示の説明文 |