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トップページ原爆の絵重傷で横たわる私とそれを見守る娘

原爆の絵

識別コード GE22-11
絵の内容 重傷で横たわる私とそれを見守る娘
作者名(カナ) 廣中 トラコ(ヒロナカ トラコ)
作者名(英語) Torako Hironaka
当時の年齢 31歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時 1945/8/15
情景場所 佐伯郡大竹町
情景場所旧町名 佐伯郡大竹町
情景場所現町名 大竹市
爆心地からの距離
ブロック別
作者による説明 **絵の中 
昭和二十年八月十五日大竹市油見自宅に寝たっきり藥とて無く山蕗の葉を貰って膿を吸ひ取らす事六ヶ月
其の間動く事出来ず布団・疊・ウミで腐る・ハエや・蚤・蚊が私を刺す。痛くて蚊帳はつれなかった。
黄色は布団についたウミ
ウジ虫
ハエ
のみ

椰子油をつけると赤方に染込んでちりちりした。
娘七才
父は昭和十四年に戰死
白地の着衣なら燒けなかったのに敵機に見つかり安いと黒い物を着用する様に進められていた。
**裏
広中トラコ 61才
サイズ(cm) 26×36.5
展示の説明文 寝たきりの私とそれを見守る娘
絵・文/廣中トラコ氏
1945(昭和20)年8月15日 佐伯郡大竹町 (現在の大竹市)
「けが人につける薬はなく、毎日毎日、キュウリやジャガイモをすって塗りつける日が5か月くらい続きました。ツワブキの葉がいいと聞き、それもずいぶん続けたのですが、膿みがひどく、やがてウジがわいて布団を3枚腐らせてしまうほどでした。夜はゾロゾロとノミがはい、蚊やハエが動けぬ私を苦しめました。腐った鯨肉のようなからだをじっと横たえ、動けぬ身の苦しさはとても筆舌では言い表せません。」
手記より抜粋

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