識別コード | GE17-29 |
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絵の内容 | 子供と話す兵隊 |
作者名(カナ) | 松永 虎槌(マツナガ トラヅチ) |
作者名(英語) | Torazuchi Matsunaga |
当時の年齢 | 18歳 |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集) |
情景日時 | 1945/8/11(時刻)11:00頃 |
情景場所 | 広島第一陸軍病院江波分院付近 |
情景場所旧町名 | 江波町 |
情景場所現町名 | 江波南一丁目 |
爆心地からの距離 | 3,600m |
ブロック別 | 吉島・舟入・観音地区 |
作者による説明 | **裏 子供と兵隊 8月11日 午前11時頃 場所 広島陸軍病院江波分院附近 私は2人の元気な子供に出会いました。私は目を見張りました、私は尋ねました。〔僕達は元気で良いね、バクダンが落ちた時はどうして居たかね〕と言いますと、大きな子供が〔僕達はアパートの下に居たよ〕と言って、さびしく笑いました、又小さな子供が〔兵隊さんこんなに焼かれても戰爭には勝つのかね…〕と私に問いかけてきました。 私も心の中では、なんだか不安な様なものがありましたが、やはり〔今に兵隊さん達が勝ってあげるよ〕と力強く言いました。 今でも此の言葉に責任を感じて居ります。 あの時の子供も今では良い社会人になって居ると思います。此の絵は、其の時の会話の風景です。 松永虎槌 |
サイズ(cm) | 53.5×38.5 |
展示の説明文 | 戦争には勝つのかね 1945年(昭和20年)8月11日 11時ごろ 松永 虎槌 (原爆投下時18歳、絵を描いた時47歳) 【作者のことばから】 私は2人の元気な子供に出会いました。私は目を見張りました。「僕たちは元気でいいね。爆弾が落ちた時はどうしていたかね」と言いますと、大きな子供は「僕たちはアパートの下にいたよ」と言って、さびしく笑いました。また小さな子供が「兵隊さん、こんなに焼かれても戦争には勝つのかね…」と私に問いかけてきました。 私も心の中ではなんだか不安なようなものがありましたが、やはり「今に兵隊さんたちが勝ってあげるよ」と力強くいいました。今でもこの言葉に責任を感じております。 |