識別コード | GE17-27 |
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絵の内容 | 御幸橋付近の惨状 |
作者名(カナ) | 岡田 佐美子(オカダ サミコ) |
作者名(英語) | Samiko Okada |
当時の年齢 | 39歳 |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集) |
情景日時 | 1945/8/6(時刻)18:00 |
情景場所 | 御幸橋付近 |
情景場所旧町名 | |
情景場所現町名 | |
爆心地からの距離 | 2,270m |
ブロック別 | 国泰寺・千田地区 |
作者による説明 | **絵の中 電柱 西 水 川 御幸橋東詰 トタン ムシロ **別紙(絵に貼付) 昭和廿年八月六日夕方六時御幸橋上より(東側) 一 広島の空は見渡す限りその方角も定かでない程黒煙と火の海に化してゐた 二 御幸橋の上には足の踏み場もない程沢山のけが人が倒れて肉親を呼び、或は水々と水を求めてゐた 三 川には上向になって流れて来る死体の数々・・・・・・ 四 橋を渡って西詰に来ると左側の方でトラックに沢山のけが人が乘ってゐた。兵隊さんが一人々降して近くに横着けになってゐる船に運んでゐた(後で聞けばこの船で運ばれた夛くのけが人は動員学徒でこの時似島や金輪島に運ばれたとの事) 五 この黒煙と火の海の中から全身燒けたゞれ皮膚がよじれて手の先にだらりと下って全で魂の抜けた人の様にぞろゝと橋の方へ向ってゐた 六 電車道の右側に馬が孤空を向いて倒れてゐる 七 その先に息絶えゝの母親に幼な子が乳房を求めて胸にすがってゐた…この馬もこの幼な子も七日にはもうこと切れてゐた 見るも聞くも無ざんと云うか悲惨といふか数々の事実をこの目で見たものヽ下手な絵ではとても実感を出す事は出来ないのが残念である 動員学徒. 元広島一中 一年生 故岡田宏ニ 母佐美子 |
サイズ(cm) | 38×53.5 |
展示の説明文 |