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トップページ原爆の絵東練兵場から中山村へ避難するため大内越峠を越える被爆者の行列

原爆の絵

識別コード GE06-04
絵の内容 東練兵場から中山村へ避難するため大内越峠を越える被爆者の行列
作者名(カナ) 有木 絢子(アリキ アヤコ)
作者名(英語) Ayako Ariki
当時の年齢 14歳
寄贈者名
種別 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)
情景日時 1945/8/6(時刻)10:00頃
情景場所 大内越峠
情景場所旧町名 安芸郡中山村
情景場所現町名 東区中山南
爆心地からの距離 4,200m
ブロック別
作者による説明 **絵の中
私の愛する街にたった一つの光が放された 
たヾ黙々とつづく列の中を私も歩いた・・・・・・・・・・
途中でうづくまる人 動かなくなる人 なにが起ったのだろう・・・・・
たった一つの光が、たった一つの光が・・・・・・・
広島をさらっていったのか?
かえしてくれ!!かえしておくれよ!!
中山村から見る広島の夜空はいつまでも いつまでも 眞赤にそまって
赤い夜空は、まばたきしないで動かなかった
小学校は人で一ぱいになった 
私を見上げて水を!!と合掌していた女の人はよくあさは 動かぬ人となっていた・・・・・・・・・・

ゆるしてください ゆるしてください
昭和二十年八月六日午前十時頃
東練兵場から中山村へ避難するため大内峠を、こえる市民たちの群
絢子
あなたヽちの尊い命にかわってのこされた私たちは、何をして生きて、きたとゆうのだろうか
何をこそのこしてゆかねばならないのだろうか
今日まで胸にはなれなかったあなたヽちの命を、姿を、平和えの祈りの中で画くことが出来ました
絵でのこそう!!
NHkの方々のこのたびの企画に心より感謝いたします
合掌
(S49年7月25日画)
**裏
有木絢子(42才)
サイズ(cm) 38×54
展示の説明文

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