識別コード | GE05-33 |
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絵の内容 | 市内の惨状のもよう |
作者名(カナ) | 住田 行恵(スミダ ユキエ) |
作者名(英語) | Yukie Sumida |
当時の年齢 | 33歳 |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集) |
情景日時 | 1945/8/6(時刻)8:15頃 |
情景場所 | |
情景場所旧町名 | |
情景場所現町名 | |
爆心地からの距離 | |
ブロック別 | |
作者による説明 | **絵の中 広島駅 宇品港 白島停留所 逓信局 **裏 一 日時 昭和二十年八月六日 午前八時十五分頃 二 場所 広島市白島停留所から宇品港迄 三 説明 逓信病院に毎日通院していて最後の日乘って居た電車が止ると同時に原爆が落ちた。だから私の乘って居た電車からは火が吹いていない。人に押されるまま鉄橋に出た。枕木が青い火や赤い火でチョロゝもえ出していた。其の上を人々は歩るいた。煙をはいていた貨物車が止って野采や果物がひっくりかやって落ちたのを見た。 饒津神社の東側を通る時音をたてて神社がやけた。山中で眞赤な太陽が現れた時皆おびえた。太陽とわかって皆安心した。 広島は炎の海となり灰となった 私は歩るけなかった 名も知らぬ人の車に乘せてもらって宇品港に出て音戸倉橋島に着いて今日にいたる 住田行恵 (六十二才) **実態調査 長女を背負い避難していた鶴羽根神社より宇品まで出る途中ではないかと思われる。(宇品港に出て、汽船で音戸町の御里に疎開した) |
サイズ(cm) | 25.5×35.5 |
展示の説明文 |