トップページ原爆の絵幼児の死体を焼場に運ぶ兵隊、はみ出した手足がぶらぶらゆれている
識別コード | GE04-23 |
---|---|
絵の内容 | 幼児の死体を焼場に運ぶ兵隊、はみ出した手足がぶらぶらゆれている |
作者名(カナ) | 松永 虎槌(マツナガ トラヅチ) |
作者名(英語) | Torazuchi Matsunaga |
当時の年齢 | 18歳 |
寄贈者名 | |
種別 | 市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集) |
情景日時 | 1945/8/11(時刻)夕方 |
情景場所 | 広島第一陸軍病院江波分院 |
情景場所旧町名 | 江波町 |
情景場所現町名 | 江波南一丁目 |
爆心地からの距離 | 3,600m |
ブロック別 | 吉島・舟入・観音地区 |
作者による説明 | **別紙(絵に貼付) 幼児の死体と兵隊 八月十一日の夕方 江波の陸軍の病院附近でした。 岡山方面の兵隊が幼児を担架に一体、又は二体づつと死体になったものを乗せてかりの焼場に運んで居りました。 此の子供達はけがをして居たので陸軍の病院で手当を受けて居たのですが 間もなく死んでしまったのです。 子供の死体を担架に横に乗せて居ますので、はみ出した手や足がブラブラとゆれて居りました。 私は急に胸がしめつけられる様でした。 夕日の沈む時と一生でほんとうに、いきどおりと、かなしみを、同時に感じさみしい夕暮でした。 **裏 松永虎槌 |
サイズ(cm) | 38.5×53.5 |
展示の説明文 | 岡山方面の兵隊が幼児の遺体を担架に一体または二体ずつ乗せて、仮の焼き場に運んでおりました。この子どもたちは、けがをしていたので陸軍の病院で手当を受けていたのですが、間もなく死んでしまったのです。担架からはみ出した手や、足がブラブラとゆれていました。私は急に胸がしめつけられるようでした。 |