| 識別コード | SG-0748 |
|---|---|
| 絵の内容 | 母親に抱きかかえられた「保くん」 |
| 作者名(カナ) | 浜本 昌宏(ハマモト マサヒロ) |
| 作者名(英語) | HAMAMOTO Masahiro |
| 当時の年齢 | 12歳 |
| 寄贈者名 | 浜本 昌宏 |
| 種別 | 新市民が描いた原爆の絵(その他) |
| 情景日時 | 1945/8/7(時刻)夕方 |
| 情景場所 | |
| 情景場所旧町名 | 仁保町 |
| 情景場所現町名 | 仁保 |
| 爆心地からの距離 | 4700 |
| ブロック別 | 8.比治山・仁保地区 |
| 作者による説明 | *別紙 同様に仲が良かった友は少し離れた古市に居を持つ保君である。同じ年齢で、遠い親戚に当たる。数年前にアメリカから帰国。当時としては珍しい生活様式を見ることができた。オモチャや図書(絵本など)を興味深く見せてもらったことがある。 彼の性格はどちらかといえばおとなしくて純情的な雰囲気を持っていた。私が下宿している家で、時折遊びに来た保ちゃんと語り合っていた。 7日の夕方、タンカに負傷者を乗せられて庭先から入ってきた。なんと保君だ。火傷のせいか、体中が水ぶくれで目は細くなっていた。 タンカを担ぐ人の「見つかったよ!」の声に、探しに来ていた保君のお母さんが部屋から飛び出してこられた。 「保!」の声。 保君は救護者にかかえられてよちよちと歩き、お母さんに向かい、抱きかかえられた。お母さんの顔を見ていた保君の顔が少し動いた。安心したせいか、ぐったりとした感じ。 その時、お母さんが「ほら、ほら、保」の声と共に胸が開かれ乳房を保君の口に当てしっかりと押しつけられた。私は目がくらんだ。いや、かけがえのない子どもの生命を守ろうとされる精一杯の尊い姿を感じた。手をしっかりと握りしめていた。これが保君の最後の姿だった。 |
| サイズ(cm) | 115×77 |
| 展示の説明文 | **作者 浜本昌宏さん 当時、修道中学1年生だった浜本昌宏さん(当時12 歳)は、親戚宅(爆心地から4.7 km)で被爆しました。 美術の教員になった浜本さんは、自身の被爆体験については語ることはありませんでしたが、90歳を過ぎ、どうしても描いておきたいと絵筆をとりました。浜本さんは病気で目が半分見えず、体も思うように動かない中で、絵を描きました。そして教え子の支えにより絵を提出し、その3か月後に亡くなりました。 母親に抱きかかえられた「保くん」 1945年8月7日夕方 爆心地から4.7 km 仁保町(現在の仁保) 保くんはお母さんに向かい、抱きかかえられた。 安心したせいか、ぐったりとした感じ。 その時、お母さんが「ほら、ほら、保」と乳房を保くんの口に押しつけられた。 手をしっかりと握りしめていた。これが保くんの最後の姿だった。 ※保くん 浜本さんの親戚 |