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トップページ写真広島流川教会

写真

識別コード SA026-1
写真タイトル 広島流川教会
撮影者(カナ) 川原 四儀(カワハラ ヨツギ)
撮影者(英語) Yotsugi Kawahara
提供者(カナ) 広島平和記念資料館(ヒロシマヘイワキネンシリョウカン)
提供者(英語) Hiroshima Peace Memorial Museum
撮影日時 1945年8月9 ~15日頃
撮影場所 上流川町(現在の胡町)
ブロック別 銀山・幟地区
爆心地からの距離(m) 870
説明 中国新聞社から北北東に向って。屋根が焼け落ち鉄筋コンクリートでできた塔と壁だけになった広島流川教会。1927(昭和2)年12月日本メソヂスト広島中央教会として竣工した会堂は、ゴシック様式で、広島の教会としては初の鉄筋コンクリート造であった。設計は、生涯伝道師を全うしたウィリアム・M・ヴォーリズ。宗教団体への国家統制が強まり、1941年6月、日本基督教団に統合され、日本基督教団広島流川教会と名称変更された。原爆投下により、4人が倒壊した建物の下敷になったが、辛うじて脱出、一命をとりとめた。1946(昭和21)年には会堂の焼け跡で、聖日礼拝が始められた。後方にうつる黒い建物は迷彩が施された広島中央放送局。右の白い建物は久村邸。教会の右手前は、第一徴兵保険広島支店の焼け残った金庫室。

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