識別コード | 9399-0168 |
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資料名 | (第一回)産婆試験合格証 |
資料名(英語) | |
寄贈者(カナ) | 益田 遙(マスダ ハルカ)、東 保都枝(アズマ ホヅエ)、益田 紀志雄(マスダ キシオ) |
寄贈者(英語) | MASUDA Haruka、AZUMA Hozue、MASUDA Kishio |
受入年月日 | 2013/9/25 |
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 274×215 |
寸法(その他) | |
被爆地(旧町名) | |
被爆地(現町名) | |
爆心地からの距離(m) | |
数量 | 1 |
内容 | 助産師の益田小蝝さん(当時40歳)は、往診途中、爆心地から1.9㎞の福島町で、己斐橋を歩いて渡っているときに被爆、服が燃え上がったため川に飛び込んだ。両腕に大やけどを負っていたが、暗くなるまでけが人を救護し続けた。めまいがして土手で倒れていると、18歳の初産の女性が産気づいているとの知らせを受け、やけどの両腕で必死で赤ちゃんを取り上げた。 取り上げた後、益田さんは気を失った。母親はそのまま泡を吹いて亡くなり、せっかく生まれた子も一カ月後に亡くなった。益田さんは、軍医から「両腕切断」の診断を受けたが、「この腕があれば、また赤ちゃんを取り上げることが出来る」と切断を断固拒否。家族の懸命な看護で、回復し、80歳近くまで現役で助産師を続けた。 これは、小蝝さんが受けた第一回産婆試験の合格証。1926(大正15)年4月27日付。 |
ブロック別 | |
展示説明文 | |
展示説明文(英語) | |
資料性質 | 被爆関連資料 |