識別コード | 9305-0035 |
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資料名 | 傷痍軍人証 |
資料名(英語) | |
寄贈者(カナ) | 亀本 博子(カメモト ヒロコ) |
寄贈者(英語) | KAMEMOTO Hiroko |
受入年月日 | 2015/12/20 |
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 75×104 |
寸法(その他) | |
被爆地(旧町名) | |
被爆地(現町名) | |
爆心地からの距離(m) | |
数量 | 1 |
内容 | 寄贈者の父・福永武夫(ふくながたけお)さん(当時33歳)の遺品。戦闘で負傷し、右目が義眼になった武夫さんは、広島に戻り、広島第一陸軍病院に勤務していた。8月6日の朝、武夫さんは、娘・博子さん(当時5歳)と息子・義憲さん(当時4歳)に、「お母さんの言うことを聞いて、早く大きくなれよ。」と声をかけて出かけ、そのまま行方不明となった。妻・キミヨさん(当時31歳)は、翌日から、捜索のため、病院の焼け跡に通い続けた。1週間後、武夫さんの義眼と、ポケットに入れていた懐中時計を見つけ、そこで武夫さんが亡くなったと確認。次の日、子どもたちと親族を連れ、骨を拾った。 博子さんと義憲さんは、年子だったので、キミヨさんが博子さんの面倒を見られないことも多く、武夫さんが博子さんをおぶって近所を回り、寝かしつけていた。家に帰って博子さんを下すと、パチッと目を開けて「もう一回!」というのを、「やれ、やれ」と言いながらも、もう一度回ってくれるやさしい父だった。戦後、キミヨさんは、一人で、二人の子どもを育て上げ、亡くなるまで、この遺品を大切にしていた。これは、自宅にあったもの。 |
ブロック別 | |
展示説明文 | |
展示説明文(英語) | |
資料性質 | 被爆関連資料 |