menu

トップページ被爆資料罹災証明書

被爆資料

識別コード 9301-0119
資料名 罹災証明書
資料名(英語) Disaster certificate
寄贈者(カナ) 岡田 紗都子(オカダ サトコ)
寄贈者(英語) Satoko Okada
受入年月日 2007/09/20
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 94×124
寸法(その他)
被爆地(旧町名)
被爆地(現町名)
爆心地からの距離(m)
数量 1
内容 寄贈者の母、久保フユコさん(当時38歳)の罹災証明書。フユコさんは、第4子の出産を控えて爆心地から約2キロメートルの段原東浦町の自宅に一人でいた。被爆の衝撃で家は傾き、雨戸が壊れたりしたが、大きなケガはしなかった。比治山から、大火傷を負って手から皮ふがぶらさがった人たちが大勢下りてきた。その中の一人(男子学生)が「水をください」と言ったので飲ませた。そのまま本浦の方へ逃れて行ったが、あの人は死んでしまったのではないかとずっと気がかりだった。この罹災証明書は、被爆の翌日町内会長に発行してもらったもの。
ブロック別
展示説明文 寄贈者の母・久保フユコさん(当時38歳)は、爆心地から約2,000メートルの段原東浦町の自宅で被爆。家は爆風で傾き、雨戸も壊れましたが、フユコさんには幸い大きなケガはありませんでした。大勢の人が大やけどを負って逃れてくる中、フユコさんは水を求める一人の男子学生に水を飲ませましたが、その学生はその後亡くなってしまったのではないかと、ずっと気がかりでした。
展示説明文(英語) Fuyuko Kubo (then, 38), the donor's mother, was exposed in her house in Dambara-higashiura-cho some 2,000 meters from the hypocenter. Although her house was tilted by the blast and the shutters destroyed, Fuyuko luckily escaped any serious injuries. Amid the crowds of severely burned fleeing people, Fuyuko remembered giving water to a male college student who was asking for it. She always wondered whether that student managed to survive.
資料性質 被爆関連資料

戻る

Page Top