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トップページ被爆資料はがき

被爆資料

識別コード 9202-0002
資料名 はがき
資料名(英語) Postcard
寄贈者(カナ) 立石 充治(タテイシ ミツジ)
寄贈者(英語) Mitsuji Tateishi
受入年月日
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 90×140
寸法(その他)
被爆地(旧町名)
被爆地(現町名)
爆心地からの距離(m)
数量 2
内容 県立広島工業学校1年生の立石静徳さん(当時13歳)が、父親の充治さん(当時42歳)に宛てた手紙。比婆郡西城町の自宅を離れ土手町に下宿していた静徳さんは、学徒動員で中島新町の建物疎開作業に出たまま行方不明になった。充治さんは、静徳さんをさがして市内に入り、懸命に息子を捜したが、結局遺骨すら見つけることができなかった。学徒動員のため広の寄宿舎にいた姉の頼子さんは、被爆後自宅に戻ったとき、充治さんが「静徳はもうだめじゃろう。母さんも病気じゃし…。あの子は親孝行な子じゃったのに…」とつぶやいていたのが忘れられない。以前から病床に伏していた母親の春美さんは、家族が静徳さんの死を確信した8月末頃、息を引き取った。

手紙の内容(一部抜粋)
「私も元気で毎日勉強にがんばっています。御安心ください。今日、姉上から手紙をいただきました。姉上の一番心配しています所は、父の召集・母の病気・祖母の身上であるらしいのです。私も同感に思っています」
「家の皆様には御変わりありませんか。御伺い致します。私も元気で毎日作業に「ガンバッ」ていますから御安心下さい。今月の二十二日から六日間キンキュウ動員で疎開あとの作業に活動しています。…母は元気で起きておられますか。心配しております。祖母も元気で家事にがんばっておられるでしょうね」
ブロック別
展示説明文
展示説明文(英語)
資料性質 被爆関連資料

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