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トップページ被爆資料息子を捜し歩いた日々を綴った日記

被爆資料

識別コード 9201-0074
資料名 息子を捜し歩いた日々を綴った日記
資料名(英語) The diary of Matsuyo Mieno
寄贈者(カナ) 茶本 裕里(チャモト ユリ)
寄贈者(英語) Yuri Chamoto
受入年月日 2004/10/01
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 270×380
寸法(その他)
被爆地(旧町名)
被爆地(現町名)
爆心地からの距離(m)
数量 4
内容 1945(昭和20)年8月8日から12日までの三重野松代さんの日記。県立広島第一中学校1年生の三重野杜夫さん(当時12歳)は、学徒動員先である雑魚場町(現在の国泰寺町)の建物疎開作業現場(爆心地から1200m)で被爆した。父定夫さんは、杜夫さんを捜すため、昼前に市中心部へ向かったが、猛火のため中心部へ入ることができず、午後四時になって母の松代さんとともに、再び市内に向かい、学校にたどり着いた。しかし、大やけどを負って倒れている生徒たちの中に、杜夫さんの姿はどこにもなかった。来る日も来る日も家族は杜夫さんを捜し歩き、9日には、7日に杜夫さんと出会った、冷たい水をくださいといっていたとの情報を得たが、とうとう遺体すら見つけることはかなわなかった。この日記は、杜夫さんの生還を信じ、毎日着替えと食べ物をもって捜し歩いた日々に母松代さんがつけていたもの。
ブロック別
展示説明文
展示説明文(英語)
資料性質 被爆関連資料

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