識別コード 8205-0016
資料名 定期乗車券
資料名(英語) Commuting Pass
寄贈者(カナ) 馬場 千賀雄(ババ チカオ)
寄贈者(英語) BABA Chikao
受入年月日 2015/07/26
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 60×72
被爆地(旧町名) 千田町三丁目
被爆地(現町名) 千田町三丁目
爆心地からの距離(m) 2000
数量 1
内容 被爆した時に持っていた定期乗車券。県立広島工業学校機械科1年生だった馬場千賀雄(ばばちかお)さん(当時13歳)は、1945年(昭和20年)8月6日、クラスに1本の傘の配給のため、学校に登校した。馬場さんは午前7時45分頃に到着したが、その日の当番の橋本先生が、倉庫の鍵を見つけられず、馬場さんたちは、約30分ほど職員室近くで待っていた。発令されていた警報が解除されると、一緒にいた同級生の和木主彦さんが、「飛行機の爆音がする」と言いながら、飛行機を見るために外に出ていき、橋本先生が、「鍵があったぞ」と言ったその瞬間、閃光と同時に、爆風に吹き飛ばされ、馬場さんは、逃げる間もなく、つぶれた校舎の下敷きとなった。意識がもうろうとする中、誰かに引っ張り出され、助け出された。一緒にいた親友の樽佐(たるさ)次郎さんは、瓦礫の中から助け出されたものの、間もなく息を引き取った。馬場さんが左頬に受けた傷は、頬を貫通していたが、痛いとも感じなかった。帰宅することになった馬場さんは、和木さんらとともに、火災をよけながら大州まで歩き、生き地獄を目の当たりにした。午後3時ごろ矢賀駅に到着し、折り返し運転の列車に乗った。列車には、乗ったとたんに安心したのか、たくさんの乗客が亡くなっていた。夕方午後5時半に帰宅。市内で被爆した父の吉男(よしお)さんと姉のトシエさんは、すでに帰宅しており、市内の惨状を知らされていた家族は、馬場さんが生きて帰ってきたことを、非常に喜んだ。爆心地に近い中島新町での建物疎開作業に動員されていた同級生たちは全員が亡くなっている。
ブロック別 国泰寺・千田地区
展示説明文 定期乗車券
爆心地から約2,000m 千田町三丁目
展示説明文(英語) Commuting Pass
Donated by Chikao Baba
Approx. 2,000m from the hypocenter Senda-machi
Mr. Chikao Baba (then, 13), a first-year student of the Mechanics Course of Hiroshima Prefectural Hiroshima Technical School at the time, was exposed to the A-bombing while at school. Immediately after seeing the flash, Chikao was blown away by the bomb blast. He was rescued by someone in a dim state of consciousness from under the fallen school building. His left cheek was pierced, but he did not feel any pain. His close friend had also been rescued from the debris, but he died soon. Leaving for home, Chikao walked to Ozu-machi together with some other people, while avoiding fires. Along the way, he saw hell on earth. At around 3:00, he reached Yaga Station and rode a shuttle train, where many passengers had already died, probably because of the sudden release of the tension that had sustained them on their escape from the disaster.
資料性質 被爆資料


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