| 識別コード | 9301-0199 |
|---|---|
| 資料名 | 罹災證明書 |
| 資料名(英語) | Disaster certificate |
| 寄贈者(カナ) | 荘原 志保美(ソウハラ シホミ) |
| 寄贈者(英語) | |
| 受入年月日 | 2023/08/23 |
| 寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 88×125 |
| 寸法(その他) | |
| 被爆地(旧町名) | |
| 被爆地(現町名) | |
| 爆心地からの距離(m) | 710 |
| 数量 | 1 |
| 内容 | 広島女子商業学校3年生の藤野保子さん(当時14歳)の罹災證明書。昭和20年8月11日付。 保子さんは、学徒動員先である福屋百貨店(爆心地から約710m)7階にあった広島貯金支局分室で被爆した。背中と右手にガラスで大きな傷を負い、真っ暗な中、無我夢中で何度も転びながら1階まで階段を駆け下りた。友達と声を掛け合いながら縮景園まで逃れてしばらくした頃、黒い雨を浴びた。 河原で一夜を過す中、大勢の人達が水を求め、苦しみながら息を引きとっていく地獄を目の前にして、茫然として言葉もなかった。友達と別れ、7日にたどり着いた矢野町の親戚宅で、母・ヨシさん(当時49歳)、姉・和子さん(当時19歳)、姪・八重子さん(当時2歳)が市内の自宅で被爆し、3人とも亡くなったことを聞いた。翌8日、3人が亡くなった被服支廠で受け取った遺品は、遺髪と衣服の端切れだけだった。 その後、保子さんの傷は化膿し、下痢・脱毛などの症状が出て闘病。どうにか回復したのは半年後のことだった。 |
| ブロック別 | 2.紙屋町・本通地区 |
| 展示説明文 | 女学生の罹災証明書 寄贈/荘原志保美氏(藤野保子さんの娘) 広島女子商業学校3年生だった藤野保子さん(当時14歳)は、学徒動員先(爆心地から710m)で被爆。背中と右手に大けがを負い、黒い雨を浴びました。数日すると傷が化膿して、髪の毛が抜けはじめました。自宅で被爆した母や姉は亡くなりました。 藤野さんの体の傷は晩年になっても残っており、心の痛みも消えることはありませんでした。 |
| 展示説明文(英語) | Disaster certificate for a girl student Donated by Shihomi Sohara (daughter of Yasuko Fujino) Yasuko Fujino (then 14) was a third-year student at Hiroshima Girls Commercial School. She was exposed to the atomic bomb while working as a mobilized student (710m from the hypocenter). She suffered severe injuries to her back and right hand. She was also caught in the black rain. A few days later, her wounds became infected, and her hair began to fall out. Her mother and sister, who were exposed in their home, died. Yasuko’s physical scars remained with her until her final years, as did her emotional wounds. |
| 資料性質 | 被爆関連資料 |