識別コード | 9304-0025 |
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資料名 | 妊産婦手帳 |
資料名(英語) | |
寄贈者(カナ) | 佐伯 正夫(サエキ マサオ) |
寄贈者(英語) | SAEKI Masao |
受入年月日 | 2022/12/14 |
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 107×150 |
寸法(その他) | |
被爆地(旧町名) | |
被爆地(現町名) | |
爆心地からの距離(m) | |
数量 | 1 |
内容 | 佐伯芳枝さん(当時25歳)は、長男・禎昭さん(当時2歳)と一緒に疎開していた打越町で被爆した。当時妊娠していた芳枝さんは、8月29日に草津の親戚宅で長女・節子さんを出産したが、節子さんはなかなか大きく育たず、親戚からもらった牛乳も効果はなかった。 禎昭さんが被爆の影響で10月16日に亡くなった翌日の17日、芳枝さんは節子さんの様子がおかしいことに気付いた。夫の文造さんは節子さんを背負って自転車で診療所へ連れて行ったが、あいにく内科医が不在でそのまま帰宅したところ、節子さんはすでに冷たくなっていた。 11月頃、文造さんが節子さんの出生届と死亡届を併せて提出に行ったところ、窓口の係員から「この届を出すと罰せられる」と言われ、届を出すことができなかった。そのため、節子さんは戸籍にも載らないままになってしまった。 これは芳枝さんが節子さんを出産した後の1945年(昭和20年)9月17日に交付された「妊産婦手帳」。芳枝さんはわずか50日ほどの命だった節子さんが生きた証として、この手帳を大切に保存していた。 |
ブロック別 | |
展示説明文 | |
展示説明文(英語) | |
資料性質 | 被爆関連資料 |