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被爆資料

識別コード 5101-0014
資料名 アングル
資料名(英語)
寄贈者(カナ) 広島市(ヒロシマシ)
寄贈者(英語)
受入年月日 1990/05/17
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 350×150×200
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 猿楽町
被爆地(現町名) 大手町一丁目
爆心地からの距離(m) 160
数量 1
内容 原爆ドーム上部の部品。被爆当時、広島県産業奨励館と呼ばれたこの建物は、内務省中国四国土木出張所や様々な統制会社の事務所として利用されていたが、原爆によって建物内にいた人はすべて即死した。建物は一瞬にして大破し、天井から火を吹いて全焼したが、爆風がほとんど真上から到達したため、建物の壁の一部は倒壊を免れ、ドームの鉄枠とともに象徴的な姿をさらした。
ブロック別 平和記念公園・周辺地区
展示説明文 広島県産業奨励館(竣工時は広島県物産陳列館)は1915(大正4)年に建てられ、外国人の設計によるモダンな洋風建物として、広島名所の一つとなりました。原爆はこの約160m南東でさく裂し、建物は一瞬にして大破、その後の火災で全焼しました。被爆当時は、内務省中国四国土木出張所や統制会社などの事務所として使用されていましたが、建物内にいた人はすべて死亡しました。
展示説明文(英語) The Hiroshima Prefectural Industrial Promotion Hall (at time of construction, Hiroshima Prefectural Commercial Exhibition Hall) was built in 1915. A modern Western building designed by a foreigner, it was considered one of the city’s most prominent landmarks. When the atomic bomb detonated about 160 m southeast of the building, it instantly shattered most of the structure, and the ensuing fires burned it thoroughly. At the time, the offices of the Chugoku-Shikoku Public Works Office of the Ministry of the Interior and the Lumber Control Corporation were located there. Everyone in the building perished.
資料性質 被爆資料

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