| 識別コード | 4201-0024 |
|---|---|
| 資料名 | 軍刀 |
| 資料名(英語) | Military Sword |
| 寄贈者(カナ) | 川越 研(カワゴエ ケン) |
| 寄贈者(英語) | |
| 受入年月日 | 1978/03/30 |
| 寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 865×65×65 |
| 寸法(その他) | |
| 被爆地(旧町名) | 上流川町 |
| 被爆地(現町名) | 上幟町 |
| 爆心地からの距離(m) | 1200 |
| 数量 | 1 |
| 内容 | 陸軍中尉で、広島女学院高等女学校に配属将校として派遣されていた川越研三さんは、上流川町の同校の音楽教室でピアノを弾いている時に被爆した。倒壊した建物の下敷になったが、ピアノが支えになり押しつぶされずに奇跡的に無傷で助かった。研三さんは持っていたこの軍刀で穴を開けて下敷きになった建物から脱出し、逃げ惑う人々の誘導をしていたところ、鉄砲町の自宅で被爆した母・ナミヱさんが猛火に追われて逃げてくるのと偶然出会った。その後、研三さんがナミヱさんらを連れ、家族の疎開先である広島市郊外の可部へやっとの思いでたどり着いたのは、8月7日の夕方近くの事だった。研三さんはそのまますぐ市内へ引き返し、二部隊へ向かった。この軍刀はその後女学院の焼け跡から探し出した。 9月8日、ナミヱさんは亡くなり、戦後、研三さんが原爆について語ることはほとんどなかった。 |
| ブロック別 | 銀山・幟地区 |
| 展示説明文 | |
| 展示説明文(英語) | |
| 資料性質 | 被爆資料 |