識別コード 3107-0043
資料名 ゲートル
資料名(英語) Gaiters
寄贈者(カナ) 八谷 美枝(ヤタガイ ヨシエ)
寄贈者(英語) Yoshie Yatagai
受入年月日 2009/01/28
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 820×75
寸法(その他) (ひも長 別)
被爆地(旧町名) 雑魚場町
被爆地(現町名) 国泰寺町一丁目
爆心地からの距離(m) 900
数量 1
内容 県立広島第一中学校1年生だった八谷丑雄さん(当時12歳)は、建物疎開作業の待機中に校舎内で被爆。気付いた時には爆風に飛ばされ、倒壊した校舎の下敷になっていた。必死にもがいて外に脱出し、二人の友人と共にやけどを負った先生を抱えて逃げた。途中、友人らと別れ、昼頃一人御幸橋へ着いた。全身にガラス片を浴びて大けがをしていた丑雄さんは必死に橋を渡り、2、3時頃ようやく宇品町の共済病院にたどり着き、そのまま気を失った。翌朝、治療の順番を待ったがなかなか順番は来ず、やむなく自分で赤チンをかぶったが、再び気を失った。昼に目を覚まし、フラフラしながらようやく水主町の自宅に帰りつき、家族が己斐の父親の知人宅にいることを知った丑雄さんは、夕方ようやくそこへたどり着いた。その後、父親の郷里の庄原へ帰ったが、高熱を発し大変苦しみ、母親の懸命な看護で奇跡的に回復した。当日身につけていたこのゲートルは、自分で傷の止血するために使用した。
ブロック別 国泰寺・千田地区
展示説明文 寄贈/八谷美枝氏
爆心地から約900m 雑魚場町(現在の国泰寺町一丁目寄贈者の夫で県立広島第一中学校1年生だった八谷丑雄さん(当時12歳)は、建物疎開作業の待機中に、校舎内で被爆しました。爆風で飛ばされ、倒壊した校舎の下敷きになりました。必死に脱出し、近くにいた二人の友人とともにやけどを負った先生を抱えて逃げました。全身にガラス片を浴びて大けがをしていた丑雄さんは、その後、高熱を発し、生死の境をさまよいましたが、母親の懸命な看護で回復しました。シャツは被爆時に着ていたもので、シャツの上から、ゲートルとガーゼで止血しました。袖は、血で体に貼りつき、ハサミで切り取らなければなりませんでした。
展示説明文(英語) Shirt, gaiters and gauze
Donated by Yoshie Yatagai
900m from the hypocenter Zakoba-cho (now, Kokutaiji-machi 1-chome)
The donor's husband, Ushio Yatagai (then, 12), was a first-year student at First Hiroshima Prefectural Junior High School. He was exposed to the bomb in a school building, while waiting to be called to his building demolition work. He was blown by the blast and buried under the collapsed school building. He struggled frantically and escaped from the building with two friends. They fled helping to support a teacher who was severely burned. Ushio, who was riddled by fragments of broken glass, hovered near death with a high fever. He recovered thanks to his mother's attentive care. Ushio was wearing this shirt at the time of the A-bombing. These gaiters and gauze were applied to stop his bleeding. The sleeves had to be cut off with scissors because they were stuck fast to his body with dried blood.
資料性質 被爆資料


Page Top