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被爆資料

識別コード 3105-0005
資料名 浴衣
資料名(英語) Yukata (cotton kimono)
寄贈者(カナ) 松室 一雄(マツムロ カズオ)
寄贈者(英語) MATSUMURO Kazuo
受入年月日 1972/08/27
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 750×1150
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 薬研堀町
被爆地(現町名) 薬研堀
爆心地からの距離(m) 1050
数量 1
内容 寄贈者の松室一雄さん(当時32歳)は、8月5日夜、出撃前に訪ねてきた弟と別れの酒宴をし、その後夜中の警報に出動、朝方薬研堀町の自宅に帰宅。風邪で発熱していたためこの浴衣に着替えて横になっていたときに被爆した。家屋の下敷きになり、崩れた家から必死で這いだした。耳や鼻から血を流し、杖をつきながら、炎が上がった街から辛うじて比治山に避難した。大怪我を負いながらも近所に住んでいた両親を探しまわったが見つけられず、そのまま自分も気を失った。倒れている所を妹に発見され、一命を取り留めた。近所に住んでいた両親は、焼け跡から遺骨で見つかった。なんとか助かった松室さんもその後体の変調が続き、入退院を繰り返した。
ブロック別 銀山・幟地区
展示説明文 松室一雄さんは、夜中の空襲警報で警防団員として出動し、6日の午前4時に帰宅しました。風邪で40度近い熱があった松室さんは、浴衣に着替え横になっていた時に被爆しました。家屋の下敷きになりましたが、かろうじて抜け出し、比治山に避難しました。この浴衣は、その時に着ていたものです。近所に住んでいた両親は、焼け跡から遺骨で見つかりました。
展示説明文(英語) Air-raid warnings sounded in the night, calling Kazuo Matsumuro to duty as a member of a civil defense team. He returned home at 4:00 a.m. on the 6th. When the bomb exploded, he was lying down in his yukata because he had a cold and a fever of nearly 40°C. Kazuo's house collapsed on him, but he got out just in time and escaped to Hijiyama Hill. This is the yukata he wore at that time. The bones of his parents, who lived in the neighborhood, were found among the burnt ruins of their home.
資料性質 被爆資料

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