識別コード | 3102-0049 |
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資料名 | 学生夏ズボン |
資料名(英語) | |
寄贈者(カナ) | 藤塚 幸次(フジツカ コウジ) |
寄贈者(英語) | Koji Fujitsuka |
受入年月日 | |
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) | 450×670 |
寸法(その他) | |
被爆地(旧町名) | 皆実町一丁目 |
被爆地(現町名) | 比治山本町 |
爆心地からの距離(m) | 1900 |
数量 | 1 |
内容 | 市立第一工業学校1年生の藤塚幸次さん(当時12歳)は、学徒動員先の広島医学専門学校玄関前庭で被爆した。あまりのことに茫然として、身体の前面に負った大火傷にも気がつかないまま、ようやく的場町の自宅に帰りついた。自宅にいた両親や兄もガラス片などで負傷しており、一家は東雲の防空壕に逃げた。近所で遊んでいて被爆、全身に大火傷を負った弟の忠さん(当時4歳)と幸次さんは同じ布団に寝かされた。忠さんは夜中幼稚園で習った「こいのぼり」の歌を歌っていたという。薬もなく、翌朝忠さんは幸次さんの側で亡くなり、幸次さんも3ヶ月寝たきりだった。 |
ブロック別 | 比治山・仁保地区 |
展示説明文 | 市立第一工業学校1年生の藤塚幸次さん(当時12歳)は、学徒動員先で被爆しました。あまりのことに茫然として、体の前面に負った大火傷にも気づかないまま、ようやく帰り着いた自宅では、両親や兄もガラス片などで負傷し、大火傷を負った弟の忠ちゃん(当時4歳)は、母親の琴世さんに抱かれて座っていました。一家は防空壕へ避難し、幸次さんと忠ちゃんは同じ布団に寝かされました。「こいのぼり」の歌を一晩中歌っていた忠ちゃんは、翌7日幸次さんの傍らで亡くなりました。幸次さんは一命を取り留めましたが、薬もなく、3カ月間寝たきりでした。 |
展示説明文(英語) | |
資料性質 | 被爆資料 |