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被爆資料

識別コード 2302-0006
資料名 水筒
資料名(英語) Water bottle
寄贈者(カナ) 北林 はつゑ(キタバヤシ ハツエ)
寄贈者(英語) Hatsue Kitabayashi
受入年月日 1981/10/08
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 120×185×65
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 中島新町
被爆地(現町名) 中島町
爆心地からの距離(m) 600
数量 1
内容 県立広島第二中学校1年生の北林哲夫さん(当時12歳)は、中島新町の建物疎開作業現場で被爆した。父親の祐道(ゆうどう)さん(当時53歳)は、市内を必死に捜索したが、行き違いとなり、哲夫さんは重傷を負いながらも自力で翠町の自宅にたどり着いた。祐道さんと母親のはつゑさん(当時33歳)が懸命に看病したが、翌7日午後4時に死亡した。祐道さんは、当時に書き記した日誌に「午前午後二回スレ違イタルモノニテ、悲運痛恨…」「二階ニ上リ走リ下リクレバ既ニ脈拍ナシ。万事休ス。…悲憤痛恨之ニ過ギタルナシ。」「通夜ス。泣ケテ泣ケテナラズ。」とつづっている。
ブロック別 吉島・舟入・観音地区
展示説明文 県立広島第二中学校1年生の北林哲夫さん(当時12歳)は、建物疎開作業現場で被爆しました。重傷を負いながらも自宅のたどり着き両親の看護を受けましたが、翌8月7日に死亡しました。
展示説明文(英語) Tetsuo Kitabayashi (then 12) was a first-year student at Second Hiroshima Prefectural Junior High School. He was exposed to the bomb at his building demolition work site. He managed to return to near his home despite severe injuries. He received first-aid treatment from his parents, but died the following day (August 7).
資料性質 被爆資料

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