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被爆資料

識別コード 1214-0015
資料名 碁石
資料名(英語) Go Stones
寄贈者(カナ) 横山 千石(ヨコヤマ チセキ)
寄贈者(英語)
受入年月日 1999/10/30
寸法(幅×高さ×奥行)(mm)
寸法(その他) 22φ
被爆地(旧町名)
被爆地(現町名)
爆心地からの距離(m)
数量 20
内容 横山千石さんと息子で、当時県立広島第二中学校3年生だった性之さんは、1945年9月初めに学校の再開の様子を知るために広島に来た。(原爆投下時には性之さんは佐伯郡宮内村へ工場建設作業に行っていて無事だった。千石さんは、比婆郡八鉾村(現西城町)にいたと思われる。)通りかかった焼け後(現レストハウス付近か中国新聞あたり)で弁当を食べたが、その時傍らの地面に盛り上がるような形の変色した碁石を見つけて拾ったもの。性之さんは、これを見るたび8月7日に同室だった1年生を探して歩き回った時に見た焦土の広島を思い出す。
ブロック別
展示説明文 学校再開の様子を知るために広島に来た千石さんと息子で、当時県立広島第二中学校3年生だった性之さんは、1945(昭和20)年9月初め、通りがかった爆心地付近の焼け跡で、変色した碁石を見つけました。性之さんは、これを見るたび、寮で同室だった1年生を捜して歩き回った、焦土の広島を思い出しました。
展示説明文(英語) Chiseki and his son, Seishi, who was in his third year at the Second Hiroshima Prefectural Junior High School, came to Hiroshima in early September to find out whether his school was reopening. Seishi found these discolored Go stones as he was walking through the burned ruins near the hypocenter. After that, he could never look at it without remembering burned-out Hiroshima, where he had searched for his first-year dormitory roommate.
資料性質 被爆資料

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