識別コード 1209-0101
資料名 達磨大師
資料名(英語) Darumadaishi statue
寄贈者(カナ) 上前 マツコ(ウエマエ マツコ)
寄贈者(英語) Matsuko UEMAE
受入年月日 2010/06/28
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 130×280×120
被爆地(旧町名) 立町
被爆地(現町名) 立町
爆心地からの距離(m) 500
数量 1
内容 養女に行った姉・早副茂子さん(当時18歳)の家跡から見つかった達磨大師。家があった立町は砂漠のようになっていた。当時茂子さんは勤めていた銀山町の醤油会社に出勤中だったと思われるが、消息不明。茂子さんの養父母も行方不明である。達磨大師は早副家の床の間に飾ってあったもので、唯一の形見となった。
ブロック別 紙屋町・本通地区
展示説明文 姉の形見の達磨大師像
寄贈/上前 マツコ氏(うえまえ まつこ)
爆心地から500m 立町(たてまち)
被爆から数日後、寄贈者のマツコさん(当時15歳)は、上の姉とともに、姉・早副茂子(はやさき しげこ)さん(当時18歳)を捜しに行きましたが、茂子さんが住んでいた立町(たてまち)の自宅跡は、家もガレキもなく、砂漠のようになっていました。被爆当時、茂子さんは出勤途中だったと思われますが、遺骨すら見つかっていません。一緒に暮らしていた茂子さんの養父母も行方不明です。この達磨大師像は早副家の床の間に飾ってあったもので、砂漠のような焼け跡から見つかり、唯一の形見となりました。
展示説明文(英語) Darumadaishi statue as sister's keepsake
Donated by Matsuko Uemae
500m from the hypocenter Tate-machi
Several days after the bombing, the donor Matsuko (then, 15) set out to look for her older sister Shigeko Hayasaki (then, 18) with her eldest sister. However, there was no trace of the house in Tate-machi, and there was absolutely nothing left, not even rubble. The place looked like a desert. When the bomb struck, Shigeko would have been on her way to work. Her bones have not been recovered. Shigeko's stepparents who she lived with are also missing. This Darumadaishi statue used to be placed in an alcove in the Hayasaki family home. It was recovered from the desert-like burnt-out site, and became the only keepsake of Shigeko.
資料性質 被爆資料


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