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被爆資料

識別コード 1209-0081
資料名 大黒像
資料名(英語) Daikoku Statue
寄贈者(カナ) 新田 實(ニッタ ミノル)
寄贈者(英語) Minoru Nitta
受入年月日 2002/08/23
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 130×270×120
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 空鞘町
被爆地(現町名) 本川町
爆心地からの距離(m) 600
数量 1
内容 寄贈者の新田トモさんの自宅で被爆し、1945(昭和20)年8月15日に焼け跡から持ち帰ったもの。トモさんの夫元吉さん(当時40歳)は、建物疎開作業に動員され、自宅近くの空鞘神社で点呼中に被爆した。大きな外傷はなく、6日の真夜中に家族の避難先へ自力でたどり着き、家族と再会を果たした。しかしのどがひどく腫れはじめ、水を欲しがったが、水を飲ませると死ぬと聞いていたトモさんはあまり水を与えなかった。9日頃に家族が救護所に運んだが薬もなく、のどの痛みで食べ物もたべられないまま、トモさんと3人の子どもを残し、8月11日に死亡した。戦後トモさんは亡くなるまでこの大黒像を大事にしていた。
ブロック別 十日市・中広地区
展示説明文 新田元吉さん(当時40歳)は、建物疎開の作業中に被爆しました。大きな外傷は無く、6日の真夜中に避難場所へたどり着き、家族と再会を果たしました。しかし、のどがひどく腫れ始め、治療も受けられないまま、12日、妻トモさんと3人の子どもを残し、亡くなりました。戦後トモさんは、自宅焼け跡から持ち帰ったこの大黒像を大事にしていました。
展示説明文(英語) Motokichi Nitta (then, 40) was exposed while working on building demolition. Spared serious injury, he made it to the prearranged refuge site late that night and was reunited with his family. However, his throat swelled terribly. Before he could receive treatment, he died on the 12th, leaving his wife and three children. After the war, his wife, Tomo, retrieved this statue from the ruins of their home and treasured it as a keepsake.
資料性質 被爆資料

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