識別コード 1207-0009
資料名 火鉢
資料名(英語) Charcoal Brazier
寄贈者(カナ) 増田 捨吉(マスダ ステキチ)
寄贈者(英語) Sutekichi Masuda
受入年月日 1981/06/07
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 330×190×300
被爆地(旧町名) 水主町
被爆地(現町名) 住吉町
爆心地からの距離(m) 1500
数量 1
内容 水主町に住んでいた寄贈者の増田捨吉さん(当時33歳)は、母親と二人暮しだった。被爆時には召集中で、廃虚となった街に戻り、なんとか家の焼け跡を探し当てた。灰の下から祖父の代から受け継がれてきたこの火鉢をみつけると、その側に母の遺体を発見した。
ブロック別 吉島・舟入・観音地区
展示説明文 増田捨吉さん(当時33歳)は、母親のヨ子さんと二人暮らしでした。被爆時は軍隊に召集されていましたが、広島にもどり、焼け野原の中で、やっと自宅があった場所を捜しあてました。焼け跡の灰の下から祖父の代から使っていたこの火鉢を掘り起こすと、そのそばにヨ子さんの遺体を発見しました。
展示説明文(英語) Sutekichi Masuda (then, 33) lived with his mother Yoko. Sutekichi had been drafted into the army and was serving elsewhere when the atomic bomb fell. He returned home and searched through the ruins until he finally identified the site where his house once stood. This charcoal brazier had been in the family since his grandfather was a boy. When he unearthed it, he found his mother´s corpse nearby.
資料性質 被爆資料


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