識別コード 1104-0001
資料名 倒れた娘にかけてあったカーテン
資料名(英語) Curtain that covered a fallen daughter
寄贈者(カナ) 大方 信之(オオカタ ノブユキ)
寄贈者(英語) Nobuyuki Okata
受入年月日 1977/11/05
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 1760×1410
被爆地(旧町名) 己斐町
被爆地(現町名) 己斐上二丁目
爆心地からの距離(m) 3050
数量 1
内容 県立広島第一高等女学校1年生大方弘子さん(当時13歳)は、学徒動員で、爆心地から約800mの土橋付近の建物疎開作業中に被爆した。父親の仁六(にろく)さんは、すぐに佐伯郡湯来町の自宅から自転車で駆けつけ、広島市内を捜しまわった。夕方己斐国民学校で、火傷で見分けのつかない負傷者の中から、履いていたズックの名前でやっと弘子さんを発見した。トラックに乗せて自宅に連れ帰ろうとしたが、弘子さんはそのトラックの上で息を引き取った。このカーテンは己斐国民学校のもので、倒れていた弘子さんの上にかけてあったもの。弘子さんの死後も仁六さんが大事に保存していた。
ブロック別 己斐・草津地区
展示説明文 県立広島第一高等女学校1年生の大方弘子さん(当時13歳)は、建物疎開作業現場で被爆、己斐国民学校に逃げました。父親の仁六さんは自転車で娘を捜し回り、夕方、履いていた靴の名前で弘子さんを発見しましたが、自宅へ連れ帰るために乗せたトラックの上で亡くなりました。このカーテンは、仁六さんが発見した時、弘子さんにかけてあったものです。
展示説明文(英語) Hiroko Okata (then,13) was a first-year student at First Hiroshima Prefectural Girl's High School. She was exposed at her building demolition worksite and fled to Koi National School. Her father, Jinroku, rode a bicycle to search the city for his daughter. That evening, he identified her by a shoe with her name on it, but she died on the truck that carried them home. This curtain was covering his daughter when Jinroku found her.
資料性質 被爆資料


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