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被爆資料

識別コード 9299-0001
資料名 時間割表
資料名(英語) Schedule
寄贈者(カナ) 谷口 順之助(タニグチ ジュンノスケ)
寄贈者(英語) Jyunnosuke Taniguchi
受入年月日 1965/08/01
寸法(幅×高さ×奥行)(mm) 80×110
寸法(その他)
被爆地(旧町名) 中島新町
被爆地(現町名) 中島町
爆心地からの距離(m) 600
数量 1
内容 県立広島第二中学校1年生の谷口勲さん(当時13歳)は、中島新町の建物疎開作業現場で被爆した。6日深夜、県立広島第二中学校(以下二中)1年生の谷口勲(たにぐち いさお)さん(当時13歳)は、中島新町の建物疎開作業現場で被爆した。夜になっても勲さんを見つけることが出来なかった父親の順之助さん(当時52歳)と兄の劼(かたし)さん(当時16歳)は、あきらめきれず「二中の生徒はおらんや」と叫んで回っていたところ、土橋電停付近の防空壕から出てきた男性に、道端に転がっていた二中の生徒を防空壕に連れ入ったと教えられた。声をかけると「谷口、西本です」と答えたが、あまりの変わり様に、身に着けていたベルトで確かめるまで、勲さんとは信じられなかった。熱線で焼かれた顔は膨らみ、目は潰れ、唇は腫れあがり、顔や体から皮ふが垂れ下がっていた。一緒に防空壕にいた同級生の西本朝彦さんとともに連れ帰ったが、西本さんは、7日午前7時頃、勲さんは、午後4時頃に、相次いで亡くなった。「だんだん近くなってきたね。」が臨終の言葉であった。
記録によると、爆心地から600mの屋外で被爆した二中1年生三百数十名は、その場で即死したものを除き、川に逃げ延び、歌を歌って励まし合ったという。そのまま川の中に沈んで亡くなった者、何とか逃げ延び、勲さんのように家族の元に帰れた者もあったが、8月11日までに全員が亡くなった。
ブロック別 吉島・舟入・観音地区
展示説明文
展示説明文(英語)
資料性質 被爆資料

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