地図 "牛田・広島駅周辺地区" で 394 件検索されました。
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検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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281 | GE04-13 | 家の下敷になったこどもを助けようとする両親、火を消す人、にげる人、防火用水の水を飲む人 | 吉野 豊子(ヨシノ トヨコ) | 1945/8/6 | 松原町付近 | |
282 | GE42-27 | 猿猴川に浮かぶ死体 | 武田 一美(タケタ カズミ) | 1945/8/8 | 松原町(猿猴川) | |
283 | GE22-46 | 燃える貨車、米が俵からザーザーこぼれ出ていた | 山村 政子(ヤマムラ マサコ) | 1945/8/6 | 桜の馬場踏切 | |
284 | NG165-05 | 愛宕踏切を渡るとその一帯の建物は見あたらず、浄光寺の焼け残りの山門があるのみだった。 | 駒田 保(コマダ タモツ) | 1945/8/11 | 浄光寺 | |
285 | NG404-01 | やけどして服もボロボロの人たちが避難してきた。寺の前で泣いている女の子を連れて逃げる。 | 森清 和恵(モリキヨ カズエ) | 1945/8/6 | 浄光寺 | |
286 | GE07-50 | 被爆した友人、足の水ぶくれが畳までつき伸ばすこともできない | 廣川 越子(ヒロカワ エツコ) | 1945/8/6 | 牛田 | |
287 | GE27-32 | 川を流れる死体、たくさんの死者を焼く | 犬丸 フミ(イヌマル フミ) | 牛田 | ||
288 | WH05-022 | 牛田の石燈篭 | 犬丸 フミ(イヌマル フミ) | 大正10年頃 | 牛田 | |
289 | GE20-08 | 西練兵場から逃げて来た兵隊たちの幽霊のような行列、手当を受けに戸坂に向かう | 貝川 百合子(カイカワ ユリコ) | 牛田から戸坂へ行く途中 | ||
290 | GE42-26 | 炎天下にさらされて腐り、ウジがわいた兵隊の死体、焼板に「フモト軍曹」と書かれている。 | 向井 千代子(ムカイ チヨコ) | 1945/8/7 | 牛田の土手 | |
291 | NG364-03 | 天をこがし赤く赤く朝まで燃え続けた広島の空をじっと見ながらひたすら家族の無事を祈った。 | 河内 政子(コウチ マサコ) | 1945/8/6 | 牛田の山 | |
292 | GE40-47 | 8月6日朝から翌日にかけての自宅周辺の様子 | 八幡 スミ子(ヤハタ スミコ) | 1945/8/6~8/7 | 牛田周辺 | |
293 | NG075-02 | 黒く焼けた死体が並べられていた。自分が捜している人は見つからなかった。 | 原 敏子(ハラ トシコ) | 1945/8/9 | 牛田国民学校 | |
294 | NG356-01 | 気がついたら校舎の下敷きになっており頭と鼻に大けがをし血まみれになってうつぶせに倒れていた。 | 松尾 和子(マツオ カズコ) | 1945/8/6 | 牛田国民学校 | |
295 | GE43-22 | ムシロをかぶせ名札が付けてあった死体 | 匿名 | 1945/8/10前後 | 牛田土手 | |
296 | NG172-01 | 牛田山に逃げ、夜通し燃える広島を見ながら父の安否を思い続けた妹。 | 楢原 裕子(ナラハラ ヒロコ) | 1945/8/6 | 牛田山 | |
297 | GE01-05 | 戸坂の学校へ避難するために牛田新町まで逃げてきた人々 | 塩津 ハルヨ(シオツ ハルヨ) | 1945/8/6 | 牛田新町 | |
298 | GE08-37 | 建物疎開作業中に被爆し大火傷の中学生 | 谷峰 房太郎(タニミネ フサタロウ) | 1945/8/6 | 牛田早稲田の自宅 | |
299 | GE06-34 | 山の岩の上から見た市内、燃えている汽車、一面の焼野原で倉と煙突が残っていた | 西谷 辰雄(ニシタニ タツオ) | 牛田水源地 | ||
300 | GE42-36-2 | 大八車に重傷者を乗せ戸坂国民学校に向う。道端には重傷者・死者の山。 | 高原 良雄(タカハラ ヨシオ) | 1945/8/6 | 牛田水源地あたり |