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トップページ原爆の絵地図 "牛田・広島駅周辺地区"

原爆の絵

地図 "牛田・広島駅周辺地区" で 394 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
41 NG287-01 まだ所々に煙が立ちこわれた水道からでた水が道路に流れていた。焼けた路面電車には母子の焼死体があった。 白川 法光(シラカワ ノリミツ) 1945/8/9か、8/10 広島駅前
42 GE09-49 火傷にキュウリをすりおろして塗る。体中にウジがわいている。 小野 勝(オノ マサル) 1945/8/9か、8/10 牛田町
43 NG426-01 倒れた軍馬と息絶え絶えで水を求めている兵隊を見る。 宮本 鎤(ミヤモト アキラ) 1945/8/9 牛田町
44 NG314-29 駅前で特攻隊員らしき人がこぶしを上げて「戦争はこれからだ!」と叫んでいた。むなしかった。 細井 竹一(ホソイ タケイチ) 1945/8/9 広島駅前
45 NG274-01 胸がただれてウジがわいている人。京橋川に流れる死体。 橋本 マチヨ(ハシモト マチヨ) 1945/8/9 広島駅
46 NG075-02 黒く焼けた死体が並べられていた。自分が捜している人は見つからなかった。 原 敏子(ハラ トシコ) 1945/8/9 牛田国民学校
47 NG069-12 生臭い風と布団のくすぶるようなにおいがした。広島駅のプラットホームの上の鉄橋がくずれていた。 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/9 広島駅
48 NG069-02 駅前にたくさんの負傷者がいた。男女の区別もつかず髪はちぢれて肌に食い込んだ着物の布で女の人とわかった 田島 武雄(タジマ タケオ) 1945/8/9 矢賀駅
49 GE44-60 テントに収容された負傷者達 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) 1945/8/9 東練兵場
50 GE40-36 川に浮かぶ死体とそれを引き上げている兵隊 宮城 タツヨ(ミヤギ タツヨ) 1945/8/9 猿猴橋付近
51 GE34-23 鳥居の前に積み重なった黒焦げの死体、焼けて倒れた貨物車と側の死体 藤田 マサ子(フジタ マサコ) 1945/8/9 饒津神社
52 GE34-22 焼けたトタン板で死体を運ぶ兵隊達 藤田 マサ子(フジタ マサコ) 1945/8/9 広島駅
53 GE22-45 広島駅前のコンクリートの建物の破片を片付ける兵隊たち 平田 徳與(ヒラタ トクヨ) 1945/8/9 広島駅付近
54 GE13-47 水にただよう目の玉が飛び出した死体 古川 正一(フルカワ ショウイチ) 1945/8/9 大州四丁目 京橋川下流
55 GE11-28 全身に白い薬をぬり、おわんを持って立ったままの人。草むらに横たわる死傷者。 古川 正一(フルカワ ショウイチ) 1945/8/9 東練兵場
56 GE08-38 爆風で土台が飛ばされた家 清水 勝(シミズ マサル) 1945/8/9 饒津神社付近
57 GE03-23 陸軍兵士10名くらいの半裸の死体と馬の死体 古川 正一(フルカワ ショウイチ) 1945/8/9 鶴羽根神社前
58 NG258 黒焦げの死体の山の横で火傷にウジが這い回る姿の母、8歳の兄と5歳の私。 中村 正子(ナカムラ マサコ) 1945/8/8~8/9 矢賀国民学校
59 NG256 食べ物の配給、広場に集められた負傷者、横転した汽車、馬の死体、母子と軍医、やけどした子どもたち。 菅野 俊雄(カンノ トシオ) 1945/8/8~8/9 広島駅
60 GE46-06 全身やけどで倒れている馬。体は風船のように膨れて今にもはじけそうだった 平井 久仁子(ヒライ クニコ ) 1945/8/8~8/9 東練兵場、尾長国民学校

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