地図 "三篠・祇園地区" で 209 件検索されました。
一覧表の項目欄をクリックすると、並び替えが可能です。背景が異なっている項目が現在並び替えの基準となっています。
検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
---|---|---|---|---|---|---|
101 | GE41-03 | 電車を待つ駅前の長い行列 | 矢野 シゲ子(ヤノ シゲコ) | 1945/8/6 | 横川駅 | |
102 | GE40-48 | 工場までたどりついて死んだ人、負傷者の収容所になった工場の見とり図 | 内山 新助(ウチヤマ シンスケ) | 1945/8/6 | 三菱精密機械製作所 | |
103 | GE40-39 | 山に逃げようとするが、山は赤く燃えている。足許には黒こげの死体と飯盒がころがっている。 | 畠岡 豊子(ハタオカ トヨコ) | 1945/8/6 | 横川町一丁目 | |
104 | GE40-06 | 竹やぶの中に避難し苦しむ人々 | 大佛 八重(オサラギ ヤエ) | 1945/8/7 | 三篠の竹やぶ | |
105 | GE40-03 | 薬を求める女性、衛生兵「あんたはもうダメジャけえ薬はあげられん 薬が少ないけ仕方がないんじゃ」 | 山本 忠代(ヤマモト タダヨ) | 1945/8/10頃 | 広島第二陸軍病院三滝分院前の臨時収容所附近 | |
106 | GE39-18 | 背中一面にウジがわいて苦しむ子供を見守る父親 | 山本 忠代(ヤマモト タダヨ) | 1945/8/末 | 広島第二陸軍病院三滝分院前 | |
107 | GE38-49 | 肥車を引いたまま倒れた人、牛の手網はしっかり握ったままだった。 | 渡慶次 恒徳(トケシ コウトク) | 1945/8/7 | 横川橋 | |
108 | GE38-48 | 黒い雨に濡れ寒いので綿入れを着る。火傷の足が痛むので尿をしてそれを塗ってもらう | 畠岡 豊子(ハタオカ トヨコ) | 1945/8/6 | 横川町一丁目 | |
109 | GE38-19 | 祇園から川舟7隻で救護におもむき、屍 ルイルイの市内を見る | 本下 良蔵(モトシタ リョウゾウ)、本下 ユキノ(モトシタ ユキノ) | 1945/8/6 | 崇徳中学校、元安橋周辺 | |
110 | GE38-12 | 広島市信用組合に収容された無数の負傷者 | 内山 新助(ウチヤマ シンスケ) | 1945/8/7 | 広島市信用組合本部 | |
111 | GE38-03 | 街路樹につながれた馬、負傷した伯母と姉 勤労奉仕で負傷をした私、3歳くらいの男の子の死体 | 畑 ユキコ(ハタ ユキコ) | 1945/8/6 | 横川橋付近 | |
112 | GE37-41 | 電線がたれ下がり、一部藁葺の家より出火している。避難する人々はすべて黒い顔をしている。 | 庄賀 美登(ショウガ ヨシト) | 1945/8/6 | 三篠本町 | |
113 | GE37-29 | 吉田町からのおにぎりの配給を待つ人、信用金庫前の無数の死体 | 山本 忠代(ヤマモト タダヨ) | 1945/8/7 | 横川駅周辺 | |
114 | GE37-19 | 虫の息で水を求める人、みな逃げるのに懸命で誰一人水をあげる人はなく、後ろ髪を引かれる思いで通り過ぎる | 紀川 良子(キガワ ヨシコ) | 1945/8/6 | 広島第二陸軍病院三滝分院の山手 | |
115 | GE36-50 | 草原に倒れて死を待つ女性とその夫と子供の遺体 | 山本 忠代(ヤマモト タダヨ) | 1945/8/10 | 広島第二陸軍病院三滝分院前 | |
116 | GE36-34 | 竹やぶにすがって死んでいる婦人 | 池田 キミヱ(イケダ キミエ) | 1945/8/8 | 横川橋近く | |
117 | GE36-27 | ひとつのふとんに身を寄せ合う被災者たち | 畠岡 豊子(ハタオカ トヨコ) | 1945/8/6 | 横川橋土手 | |
118 | GE35-43 | 母の交通事故による死 | 内山 新助(ウチヤマ シンスケ) | 1945/8/8 | 新庄橋付近 | |
119 | GE35-39 | 市内からの負傷者で満員となった工場 | 内山 新助(ウチヤマ シンスケ) | 1945/8/6 | 三菱精密機械製作所 | |
120 | GE35-30 | 火葬にするため一カ所に集められた死体、50体くらい | 塚本 喜三(ツカモト ヨシゾウ) | 1945/8/9 | 横川駅前 |