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トップページ原爆の絵地図 "皆実・宇品地区"

原爆の絵

地図 "皆実・宇品地区" で 134 件検索されました。

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検索結果の表示件数

No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
101 GE23-14 手当を求めて集って来た火傷の人々が死んでいった。 太田 勝子(オオタ カツコ) 1945/8/6 広島陸軍共済病院
102 GE15-06 県病院(元共済病院)中庭の情景、中央に座っているのが本人 西沖 清子(ニシオキ キヨコ) 1945/8/6 広島陸軍共済病院
103 GE13-43 広島被服支廠内多くの学徒動員が水をほしがって死んでいった 井上 ツワノ(イノウエ ツワノ) 1945/8/6 広島陸軍被服支廠
104 GE12-13 皮膚が下がり、髪の毛が逆立った人々が広島陸軍共済病院の方に行く 繁森 アサ(シゲモリ アサ) 1945/8/6 翠町
105 GE08-47 全身火傷で腸が腹からぶら下がりながら歩く男性 初谷 忠曷(ハツヤ タダカツ) 1945/8/6 宇品十三丁目電停前
106 GE02-15 リヤカーに子どもを乗せて運ぶ婦人,海岸に並べられた負傷者 中島 ツルヨ(ナカシマ ツルヨ) 1945/8/6 広島陸軍軍需輸送統制部
107 GE02-01 爆発2時間後、空いっぱい広がった灰色のキノコ雲 柳本 睦夫(ヤナギモト ムツオ) 1945/8/6 金輪島
108 GE01-44 広島陸軍被服支廠での救護の状況 草田 隆夫(クサダ タカオ) 1945/8/6 広島陸軍被服支廠
109 GE01-36 真赤に焼ける中心部を皆実町よりながめる 大川 哲也(オオカワ テツヤ) 1945/8/6 皆実町
110 GE01-17 水を求めながら防空ごうの中で死んでいった被爆者達、死んだ母親の乳をすう赤ん坊 大川 哲也(オオカワ テツヤ) 1945/8/6 広島陸軍被服支廠付近
111 GE35-07 病院の廊下や外に並べられた負傷者や死体 蔵本 芳子(クラモト ヨシコ) 1945/8/12 宇品の病院
112 GE08-22 収容者名簿の掲示板を見てため息をつく人々 下谷 軍一(シモタニ グンイチ) 1945/8/12 宇品町東部桜土手付近
113 NG304-11 宇品より船で故郷に帰る。船の甲板には4人の死者か重傷者かもわからない人が寝ていた。 月原 四郎(ツキハラ シロウ) 1945/8/10 広島港
114 GE22-37 被服支廠に収容され亡くなった人々は、屋外の広場に山積みにされ石油をかけて火葬された 柳本 睦夫(ヤナギモト ムツオ) 1945/8/10 広島陸軍被服支廠
115 GE06-48 火傷に苦しむ負傷者たち 藤田 弥生(フジタ ヤヨイ) 1945/8/10 宇品八丁目あたりの軍の建物の入口
116 SG-0619 防空壕へ患者たちを避難させる 多田 キクエ(タダ キクエ) 1945/8 広島陸軍共済病院
117 SG-0416 校庭で友達を焼いた日 切明 千枝子(キリアケ チエコ) 1945/8 県立広島第二高等女学校
118 SG-0592 焼土からアミノ酸の焼結物を発見し、代用醤油を製造した 尾崎 稔(オザキ ミノル) 1945/11~12頃 皆実町、宇品港
119 WH07-010 海のそばを走る電車 柴崎 芳美(シバサキ ヨシミ) 宇品五丁目付近
120 WH05-001 広島港 兜山 年子(カブトヤマ  トシコ) 広島港
   

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