地図 "皆実・宇品地区" で 130 件検索されました。
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検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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21 | GE22-37 | 被服支廠に収容され亡くなった人々は、屋外の広場に山積みにされ石油をかけて火葬された | 柳本 睦夫(ヤナギモト ムツオ) | 1945/8/10 | 広島陸軍被服支廠 | |
22 | NG304-11 | 宇品より船で故郷に帰る。船の甲板には4人の死者か重傷者かもわからない人が寝ていた。 | 月原 四郎(ツキハラ シロウ) | 1945/8/10 | 広島港 | |
23 | GE08-22 | 収容者名簿の掲示板を見てため息をつく人々 | 下谷 軍一(シモタニ グンイチ) | 1945/8/12 | 宇品町東部桜土手付近 | |
24 | GE35-07 | 病院の廊下や外に並べられた負傷者や死体 | 蔵本 芳子(クラモト ヨシコ) | 1945/8/12 | 宇品の病院 | |
25 | GE01-17 | 水を求めながら防空ごうの中で死んでいった被爆者達、死んだ母親の乳をすう赤ん坊 | 大川 哲也(オオカワ テツヤ) | 1945/8/6 | 広島陸軍被服支廠付近 | |
26 | GE01-36 | 真赤に焼ける中心部を皆実町よりながめる | 大川 哲也(オオカワ テツヤ) | 1945/8/6 | 皆実町 | |
27 | GE01-44 | 広島陸軍被服支廠での救護の状況 | 草田 隆夫(クサダ タカオ) | 1945/8/6 | 広島陸軍被服支廠 | |
28 | GE02-01 | 爆発2時間後、空いっぱい広がった灰色のキノコ雲 | 柳本 睦夫(ヤナギモト ムツオ) | 1945/8/6 | 金輪島 | |
29 | GE02-15 | リヤカーに子どもを乗せて運ぶ婦人,海岸に並べられた負傷者 | 中島 ツルヨ(ナカシマ ツルヨ) | 1945/8/6 | 広島陸軍軍需輸送統制部 | |
30 | GE08-47 | 全身火傷で腸が腹からぶら下がりながら歩く男性 | 初谷 忠曷(ハツヤ タダカツ) | 1945/8/6 | 宇品十三丁目電停前 | |
31 | GE12-13 | 皮膚が下がり、髪の毛が逆立った人々が広島陸軍共済病院の方に行く | 繁森 アサ(シゲモリ アサ) | 1945/8/6 | 翠町 | |
32 | GE13-43 | 広島被服支廠内多くの学徒動員が水をほしがって死んでいった | 井上 ツワノ(イノウエ ツワノ) | 1945/8/6 | 広島陸軍被服支廠 | |
33 | GE15-06 | 県病院(元共済病院)中庭の情景、中央に座っているのが本人 | 西沖 清子(ニシオキ キヨコ) | 1945/8/6 | 広島陸軍共済病院 | |
34 | GE23-14 | 手当を求めて集って来た火傷の人々が死んでいった。 | 太田 勝子(オオタ カツコ) | 1945/8/6 | 広島陸軍共済病院 | |
35 | GE23-29 | トラックで運ばれる被災者火傷で背中の皮膚がボロのように垂れ下がり、泣き叫ぶ男の子 | 貞徳 ミヤコ(サダトク ミヤコ) | 1945/8/6 | 広島地方専売局前 | |
36 | GE29-04 | きのこ雲と三つの落下傘 | 矢野 盛正(ヤノ モリマサ) | 1945/8/6 | 宇品町七丁目 | |
37 | GE29-44 | 負傷者を船で運ぶ | 貞徳 ミヤコ(サダトク ミヤコ) | 1945/8/6 | 広島港、宇品市営桟橋 | |
38 | GE30-22 | 宇品から似島検疫所に向う | 貞徳 ミヤコ(サダトク ミヤコ) | 1945/8/6 | 広島港、宇品市営桟橋 | |
39 | GE31-05 | 火傷した中学生達 | 吉尾 陸子(ヨシオ チカコ) | 1945/8/6 | 宇品神田幼稚園 | |
40 | GE33-47 | 被爆直後の惨状、被災者を満載して走るトラック | 西土 万合枝(ニシド マリエ) | 1945/8/6 | 皆実町一~三丁目 |