地図 "皆実・宇品地区" で 130 件検索されました。
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検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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1 | GE10-11 | 収容された負傷者を看護する兵隊、死体を運ぶトラック | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 陸軍船舶司令部(暁部隊) | ||
2 | NG024-12 | 広島陸軍被服支廠に勤務する。朝7時に出勤、軍人勅諭を朗読して仕事に着く。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 広島陸軍被服支廠 | ||
3 | NG044-05 | 宇品桟橋に積まれた死体と似島。助かる見込みのある人たちが船で似島に運ばれた。 | 清水 正明(シミズ マサアキ) | 広島港 | ||
4 | NG175-01 | 防火用水槽から水をくみ、水を求める人に飲ませてあげようとしたが止められた。 | 石田 民生(イシダ タミオ) | 広島陸軍被服支廠 | ||
5 | NG251-02 | 自宅を中心とした皆実町から宇品町付近の略図。 | 住田 和之(スミダ カズユキ) | 皆実町~宇品町付近 | ||
6 | NG457-02 | 暁6140部隊のトラックで運ばれる負傷者たち | 斉藤 敬一(サイトウ ケイイチ) | 野戦船舶本廠 | ||
7 | NG457-04 | こわれた兵舎の屋根を修理し負傷者を収容する。子どもたちは母親を呼びながら死んでいった。 | 斉藤 敬一(サイトウ ケイイチ) | 野戦船舶本廠警備中隊、縫製工場 | ||
8 | SG-0037 | 皆実町ガス会社付近 | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 皆実町ガス会社付近 | ||
9 | SG-0070 | 高射砲隊、日本通運、広島電鉄宇品線、陸軍弾薬庫、船舶信号所、赤穂師団司令部 | 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) | 宇品港付近 | ||
10 | SG-0152 | 広島陸軍検疫所での軍馬の検査 | 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) | 宇品港付近 | ||
11 | SG-0155 | 広島歩兵西部第二部隊へ入隊 | 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) | 宇品陸軍基地(陸軍船舶司令部) | ||
12 | SG-0156 | 中国軍管区司令部陸軍歩兵西部第二部隊宇品港より南方戦々へ | 濱田 義雄(ハマダ ヨシオ) | 宇品港 | ||
13 | WH01-044 | 広島港でのボートレースの思い出 | 吉村 エイ(ヨシムラ エイ) | 広島港 | ||
14 | WH02-029 | 陸軍被服廠裏の川での思い出 | 大川 哲也(オオカワ テツヤ) | 陸軍被服廠 | ||
15 | WH05-001 | 広島港 | 兜山 年子(カブトヤマ トシコ) | 広島港 | ||
16 | WH07-010 | 海のそばを走る電車 | 柴崎 芳美(シバサキ ヨシミ) | 宇品五丁目付近 | ||
17 | SG-0592 | 焼土からアミノ酸の焼結物を発見し、代用醤油を製造した | 尾崎 稔(オザキ ミノル) | 1945/11~12頃 | 皆実町、宇品港 | |
18 | SG-0416 | 校庭で友達を焼いた日 | 切明 千枝子(キリアケ チエコ) | 1945/8 | 県立広島第二高等女学校 | |
19 | SG-0619 | 防空壕へ患者たちを避難させる | 多田 キクエ(タダ キクエ) | 1945/8 | 広島陸軍共済病院 | |
20 | GE06-48 | 火傷に苦しむ負傷者たち | 藤田 弥生(フジタ ヤヨイ) | 1945/8/10 | 宇品八丁目あたりの軍の建物の入口 |