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トップページ原爆の絵地図 "国泰寺・千田地区"

原爆の絵

地図 "国泰寺・千田地区" で 395 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
61 GE40-08-1 焼け跡から死者を集め荼毘にふしている兵隊達 宮原 満男(ミヤハラ ミツオ) 1945/8/8 国泰寺町付近、市役所南
62 GE38-28 病院外の天幕の中の患者 院内から家に帰りたいと叫ぶ声 竹本 重市(タケモト ジュウイチ) 1945/8/8 広島赤十字病院
63 GE35-08 地面に寝かされているたくさんの負傷者 浜尾 八重(ハマオ ヤエ) 1945/8/8 広島赤十字病院前
64 GE33-18 むしろに並べられ水を求める被爆者 武田 一美(タケタ カズミ) 1945/8/8 市立浅野図書館
65 GE29-27 焼け跡に残る子供たちの白骨、骨組みだけ残った講堂、くすぶり続ける校舎 落合 フミコ(オチアイ フミコ) 1945/8/8 竹屋国民学校
66 GE28-38 校長を訪ねる、官舎内に植えられた南瓜やさつま芋の無惨なようす 永尾 勝實(ナガオ カツミ) 1945/8/8 広島工業専門学校の校長官舎
67 GE27-26 防火用水槽の中の死体 武田 益義(タケダ カズヨシ) 1945/8/8 大手町七丁目付近
68 GE25-32 市役所の窓から吹き出る炎 柴田 フミ子(シバタ フミコ) 1945/8/8 広島市役所
69 GE22-31 小さい風呂場はそのままで武道場は南に傾き崩れていた 永尾 勝實(ナガオ カツミ) 1945/8/8 市工裏の工専の風呂場、武道場付近
70 GE22-28 膨れ上がり金仏色になってきらきら光っている人々。今だに死に切れず死線をさまよっている 西尾 達男(ニシオ タツオ) 1945/8/8 広島赤十字病院正門付近
71 GE13-33 瀕死の負傷者達、炊出しのおにぎり 煙石(土井)二三枝(エンセキ(ドイ) フミエ) 1945/8/8 広島市役所
72 GE11-35 倒壊した学校 永尾 勝實(ナガオ カツミ) 1945/8/8 広島工業専門学校と市立第二工業学校の正門
73 GE09-25 道の両側に並べられた全裸の焼死体、腹はひき蛙のようにふくれ男女の区別もつかなかった 西土 万合枝(ニシド マリエ) 1945/8/8 今の鷹野橋商店街
74 GE05-43-3 屍体を宇品方向へ運ぶ馬車 宇野 耕司(ウノ コウジ) 1945/8/8 広島赤十字病院付近
75 GE05-43-1 電車道をふさいだ大木と赤茶けた電車 宇野 耕司(ウノ コウジ) 1945/8/8 国泰寺付近
76 NG331-04 臨時の火葬場でだびの順番を待つ遺体。黒こげになり手足のちぎれた2体。木箱に入れられた男の子の遺体。 松長 静子(マツナガ シズコ) 1945/8/7~8/8 南千田町
77 NG373-02 民家の瓦礫の中に子どもの人骨を見つける。かわいそうで骨より可愛い子どもの顔に見えた。 池庄司(久保) トミ子(イケショウジ(クボ) トミコ) 1945/8/7、72日後(10/17) 広島赤十字病院近く
78 SG-0615 市役所前 たくさんの負傷者 多田 キクエ(タダ キクエ) 1945/8/7 市役所
79 SG-0573 被爆の翌日、元安川下流で、原爆に焼かれ背びれを失いながら泳ぐフナ 佐野 博敏(サノ ヒロトシ) 1945/8/7 元安川下流(千田町付近)
80 SG-0455 広島赤十字病院入り口付近。傷ついた人たちが治療を受けるために待っていた。その中に、お腹に車掌カバンのようなものを身に着けた一人の女性が寝かされていた。自分たちが広島赤十字病院を出たときには、その女性はもういなかった。 新田 臺吉(ニッタ ダイキチ) 1945/8/7 広島赤十字病院入り口付近

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