地図 "国泰寺・千田地区" で 395 件検索されました。
一覧表の項目欄をクリックすると、並び替えが可能です。背景が異なっている項目が現在並び替えの基準となっています。
検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
---|---|---|---|---|---|---|
41 | SG-0478 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」初めての治療 | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 御幸橋西詰 | |
42 | SG-0477 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」水を求める上級生 | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 御幸橋西詰付近 | |
43 | SG-0476 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」御幸橋西詰め | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 御幸橋西詰 | |
44 | SG-0475 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」上級生に助けられて | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 校門前附近 | |
45 | SG-0473 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」コロシテクレー | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 校門前附近 | |
46 | SG-0472 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」爆弾は何処に落ちたのか | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 | |
47 | SG-0471 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」助かった | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 | |
48 | SG-0470 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」気絶 | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 | |
49 | SG-0469 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」爆風で飛ばされる | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 | |
50 | SG-0468 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」熱線に耐える | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 | |
51 | SG-0467 | 紙芝居「少年・十三歳の原爆体験」パラシュートを見た | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校 | |
52 | NG215-02 | 助けを求める女学生たち。身につけているのは下着のゴムひもだけで焼けた皮膚がたれさがっていた。 | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校入口 | |
53 | NG215-01 | 中年の女性が「殺してくれ」と大声で叫びながら苦しんでいた。頭と顔には血のりがべっとりついていた。 | 西岡 誠吾(ニシオカ セイゴ) | 1945/8/6 | 県立広島工業学校入口 | |
54 | NG226-01 | 病院の内外には足の踏み場もないほどの負傷者であふれていた。不眠不休の救護活動が続けられた。 | 西山 勝登(ニシヤマ カツト) | 広島赤十字病院 | ||
55 | GE22-28 | 膨れ上がり金仏色になってきらきら光っている人々。今だに死に切れず死線をさまよっている | 西尾 達男(ニシオ タツオ) | 1945/8/8 | 広島赤十字病院正門付近 | |
56 | GE09-25 | 道の両側に並べられた全裸の焼死体、腹はひき蛙のようにふくれ男女の区別もつかなかった | 西土 万合枝(ニシド マリエ) | 1945/8/8 | 今の鷹野橋商店街 | |
57 | GE40-49 | やけどを負った負傷者たち、先生を助けて歩く生徒 | 藤田 眞喜子(フジタ マキコ) | 1945/8/6 | 御幸橋へ通ずる道、南竹屋町より大学グランド東側を通り川沿い道より1筋西よりの南北に通ずる道 | |
58 | SG-0519 | 富士見川に吹き飛ばされた人々 | 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) | 1945/8/6 | 富士見川 | |
59 | SG-0518 | 延焼中の崩れた家から子どもの声が届く | 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) | 1945/8/6 | 富士見川を渡った辺り | |
60 | SG-0517 | 京橋川の川面に沿った家が火災で崩れる | 藤岡 久之(フジオカ ヒサユキ) | 1945/8/6 | 京橋川 |