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トップページ原爆の絵地図 "銀山・幟地区"

原爆の絵

地図 "銀山・幟地区" で 158 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
1 GE09-09 肉親を捜しまわる人々 篠原 文子(シノハラ フミコ) 1945/8/7 上幟町
2 GE22-05 周囲の家が倒れ火の手が上がる中、我子を抱いて逃げる 篠原 文子(シノハラ フミコ) 1945/8/6 上幟町
3 WH11-048 浅野泉邸の竹やぶの一本道にあったツヅの木 瀬島 唯男(セジマ タダオ) 明治42年頃 上幟町
4 SG-0218 上流川教会付近 小尻 勉(コジリ ツトム) 上流川教会付近
5 NG096-03 焼け跡で姉の夫と再会する。外見は無傷だったが、髪は真っ白になり頬はげっそりと痩せていた。 金行 清香(カネユキ キヨカ) 1945/8/8 上流川町
6 NG443 子どもを守るような姿勢のまま黒焦げになった母子 植田 貢(ウエダ ミツグ) 1945/8/7 上流川町の広島中央放送局前の道路
7 GE42-20 水槽の上にかがみ込んで死んでいる男女ニ人 金行 清香(カネユキ キヨカ) 1945/8/8 上流川町(広島中央放送局近くの角)
8 GE45-39 建物疎開のあとの木材を薪にするために持ち帰る 宮沢 生駒(ミヤザワ イコマ) 1945/8/6 下柳町
9 WH10-011 下柳町巡査派出所付近 松室 一雄(マツムロ カズオ) 下柳町巡査派出所付近
10 WH14-029 下柳町界わい 煙石(土井)二三枝(エンセキ(ドイ) フミエ) 下柳町界わい
11 GE35-18 4歳位の男の子の四つん這いのまま炭になったような焼死体 池田 キミヱ(イケダ キミエ) 1945/8/8 下流川町辺り
12 GE10-41-4 くすぶり続ける建物 宇野 耕司(ウノ コウジ) 1945/8/8 中国新聞社付近
13 SG-0278 中国新聞社付近。左は中国新聞社、中央の鉄骨は小田政商店。 高増 径草(タカマス ケイソウ) 1945/9/9~9/10 中国新聞社付近
14 GE29-16 肉親を捜し疲れて中国新聞社前の死亡者名簿に見入る人々 落合 フミコ(オチアイ フミコ) 1945/8/14 中国新聞社前
15 NG071-08 全焼した電車が中国新聞社前に止まっていた。 長見 英希(ナガミ ヒデキ) 1945/8/8 中国新聞社前
16 NG292-01-30 広島で一番の繁華街も無残に変わり果てていた。30人くらいの負傷者が泣き叫んでさまよっていた。 相川 国義(アイカワ クニヨシ) 1945/8/8 中国新聞社前
17 NG292-02-23 空が黒くなるほど黒煙が上がっている。道路上では負傷者が泣き叫んでいた。 相川 国義(アイカワ クニヨシ) 1945/8/8 中国新聞社前
18 GE11-01 満潮の川に浮いている死体をトビ口で舟に引き揚げるのを橋の上から見る 近藤 幸子(コンドウ サチコ) 1945/8/9 京橋
19 GE32-02 炎天下を裸足で歩き、燃える京橋を無我夢中で渡る 杉本 知佐子(スギモト チサコ) 1945/8/6 京橋
20 GE37-04 黒焦げの死体を見て手を合わせる。京橋川にはたくさんの人や馬の死体が流れている 奥野 浅子(オクノ アサコ) 1945/8/8 京橋

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