地図 "比治山・仁保地区" で 248 件検索されました。
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検索結果の表示件数
| No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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GE26-20 | 水を欲しがるおばあさんに「オシッコをして下さい」と頼まれた弟 | 山本 初惠(ヤマモト ハツエ) | 1945/8/6 | 比治山公園 |
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NG240 | きのこ雲の中心部は真っ赤な火の玉でそれが再爆発するのではないかと子ども心に恐れながら家路を急いだ。 | 山本 満和(ヤマモト ミツカズ) | 1945/8/6 | 猿猴川沿いから見た市内中心部 |
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WH05-034 | 土手町の風景 | 山村 勝利(ヤマムラ カツトシ) | 昭和14、15年頃 | 土手町 |
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GE14-44 | 吊橋下のたくさんの負傷者、死体 | 山村 政子(ヤマムラ マサコ) | 1945/8/6 | 比治山吊橋下(雲霓橋) |
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GE29-26 | 死体を集める兵隊、道に横たわる負傷者に水を与える | 山村 政子(ヤマムラ マサコ) | 1945/8/6 | 比治山吊橋(雲霓橋) |
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GE35-44 | 窓からみた火の玉 | 山村 政子(ヤマムラ マサコ) | 1945/8/6 | 土手町 |
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NG227 | トラックが運動場に入ってきて黒くこげた荷物をおろしていた。よく見るとそれは人間の死体だった。 | 山肩 和彦(ヤマガタ カズヒコ) | 1945/8/8 | 大河国民学校 |
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WH03-096 | 御便殿正面の大鳥居 | 岡 愛(オカ アイ) | 御便殿 | |
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GE06-16 | 足を火傷し皮と生身の間に入る砂をつまみ出している女性、吐いている人、火傷で倒れた中学生など | 岡崎 秀彦(オカザキ ヒデヒコ) | 1945/8/6 | 比治山公園中腹 |
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GE14-35 | 見る見る大きくなっていったきのこ雲 | 岡崎 秀彦(オカザキ ヒデヒコ) | 1945/8/6 | 比治山国民学校前 |
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GE43-34 | 燃える市街、夜のように暗く火だけが見える中、稲妻と雷鳴が聞こえる。 | 岡崎 秀彦(オカザキ ヒデヒコ) | 1945/8/6 | 比治山橋 |
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SG-0792 | 原爆投下直後、オレンジ色の熱線に焼かれる中学生たち | 平野 貞男(ヒラノ サダオ) | 1945/8/6 | 県立広島商業学校(旧県立広島師範学校敷地) |
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SG-0793 | 原爆投下10秒後、強烈な爆風によりあたり一面暗くなり校舎が浮き上がった | 平野 貞男(ヒラノ サダオ) | 1945/8/6 | 県立広島商業学校(旧県立広島師範学校敷地) |
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SG-0794 | 太陽に照らされて体全体がヒリヒリするのに気づいた。まだズボンやゲートルがくすぶっていた | 平野 貞男(ヒラノ サダオ) | 1945/8/6 | 電信隊 |
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SG-0795 | 防空壕の中は人々のうめき声で満ちていた。山の斜面に寝た。背中の傷に砂が食い込んだ | 平野 貞男(ヒラノ サダオ) | 1945/8/6 | 比治山 |
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GE15-50 | 中学生のいたましい姿 | 後藤 利文(ゴトウ トシフミ) | 1945/8/6 | 陸軍船舶通信連隊、船舶通信補充隊裏比治山防空ごう付近 |
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GE21-26 | 京橋川を自分が舟にのり流れているところ | 徳富 ヨシコ(トクトミ ヨシコ) | 1945/8/6 | 鶴見橋 |
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WH01-042 | 比治山の大砲から宇品湾を眺める | 折田 憲三(オリタ ケンゾウ) | 大正12年頃 | 比治山の大砲 |
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NG269-01 | 建物疎開をしていた女学生と中学生。熱線で焼かれて髪の毛も皮膚もなく口から血を流していた。 | 早川 耐子(ハヤカワ タエコ) | 1945/8/6 | 比治山下の電車通り(比治山橋、鶴見橋沿い) |
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NG269-02 | 母親を捜している途中に遠縁のおじさんに会う。すすで真っ黒で何も身につけていなかった。 | 早川 耐子(ハヤカワ タエコ) | 1945/8/6 | 比治山橋 |