地図 "平和記念公園・周辺地区" で 286 件検索されました。
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検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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81 | NG364-05 | 家で白骨になった父母と姉を見つける。3人の遺骨を拾い自分も死のうとしたができなかった。 | 河内 政子(コウチ マサコ) | 1945/8/10 | 塚本町の自宅 | |
82 | NG459 | 避難のために船に乗り込む。周りには数多くの死体が漂っていた。 | 山田 ミサ子(ヤマダ ミサコ) | 1945/8/10頃 | 本川橋西詰 | |
83 | NG358-05 | 防空ごうの上に頭蓋骨が大きさをそろえてきれいに並べられていた。そっと手を合せた。 | 玉田 吉之助(タマダ キチノスケ) | 1945/8/10~8/11 | 本川国民学校近く | |
84 | GE04-24 | 全身が腐乱し菊の花におおわれたような死体、悪臭で呼吸ができない | 綿岡 順次郎(ワタオカ ジュンジロウ) | 1945/8/11 | 本川橋川下100m川岸 | |
85 | NG165-06 | 防火用水槽の中に真っ黒になった遺体が数体。周囲にも2、3体あった。市内には火葬の煙りが上がっていた。 | 駒田 保(コマダ タモツ) | 1945/8/11 | 相生橋西側 | |
86 | NG331-05 | 焼け跡で集めた遺骨を大きなかめに入れて慈仙寺鼻に運ぶ。側に無傷の遺体があり妙に白く感じられた。 | 松長 静子(マツナガ シズコ) | 1945/8/12 | 慈仙寺鼻 | |
87 | NG177 | 相生橋に流れついた数百人もの死体。すべてうつぶせで浮かんでいた。思わず合掌し涙を流した。 | 辰岩 秀子(タツイワ ヒデコ) | 1945/8/13 | 相生橋 | |
88 | GE10-34 | 罹災証明書の発行、重傷者に名札をつける | 山下 正夫(ヤマシタ マサオ) | 1945/8/13~ | 本川国民学校 | |
89 | NG024-23 | 帰郷のため呉から広島に行く。焼け野原になった街を見てショックで声も出なかった。 | 河野 一郎(コウノ イチロウ) | 1945/8/15 | 中島本町付近 | |
90 | GE06-11 | 砂利のように積んである人骨の中に家族の骨を捜す | 木村 貞子(キムラ サダコ) | 1945/8/20 | 新大橋西詰 | |
91 | GE45-16 | 倒壊した建物のすき間から広島県産業奨励館が見える | 小尻 勉(コジリ ツトム) | 1945/8/20頃 | 本川国民学校 | |
92 | GE34-33 | 理容室の焼け跡、椅子のまわりに散らばった焼けた骨 | 小川 オサヱ(オガワ オサエ) | 1945/8/23 | 広島郵便局 | |
93 | GE01-31 | 橋の上は死体がいっぱいで川の中にも死体がただよっていた | 木村 正(キムラ タダシ) | 1945/8/6 | 相生橋 | |
94 | GE01-32 | たくさんの土石に埋められて死んでいた17~18歳の学生達 | 久野井 聖観(クノイ セイカン) | 1945/8/6 | 森永倉庫付近 | |
95 | GE11-46 | 波のように曲がった鉄骨、一人の兵士が友が倒れているのを見つめていた | 久野井 聖観(クノイ セイカン) | 1945/8/6 | 広島電鉄櫓下変電所 | |
96 | GE12-39 | 材木町の焼け跡に残る無数の死体 | 小川 春蔵(オガワ ハルゾウ) | 1945/8/6 | 材木町 | |
97 | GE20-24 | 竜巻で吹い上げられる川の水 | 野村 英三(ノムラ エイゾウ) | 1945/8/6 | 広島県産業奨励館前 | |
98 | GE25-29 | 丸裸で両手両足を上に向けてもがく人、脇腹から火が燃えていた | 野村 英三(ノムラ エイゾウ) | 1945/8/6 | 元安橋 | |
99 | GE27-22 | 橋上で火傷の負傷者に黄色い油を塗る兵隊 | 田坂 元(タサカ ハジメ) | 1945/8/6 | 相生橋 | |
100 | GE28-33 | 広島産業奨励館の燃えるようす | 野村 英三(ノムラ エイゾウ) | 1945/8/6 | 広島県産業奨励館 |