トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)"
種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)" で 1988 件検索されました。
一覧表の項目欄をクリックすると、並び替えが可能です。背景が異なっている項目が現在並び替えの基準となっています。
検索結果の表示件数
No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
---|---|---|---|---|---|---|
101 | GE25-29 | 丸裸で両手両足を上に向けてもがく人、脇腹から火が燃えていた | 野村 英三(ノムラ エイゾウ) | 1945/8/6 | 元安橋 | |
102 | GE20-24 | 竜巻で吹い上げられる川の水 | 野村 英三(ノムラ エイゾウ) | 1945/8/6 | 広島県産業奨励館前 | |
103 | GE46-16 | 紙屋町交差点のようす | 野村 好光(ノムラ ヨシミツ) | 1945/8/7 | 紙屋町交差点付近 | |
104 | GE33-48 | ハスの葉の被爆 | 野島 亀太郎(ノジマ カメタロウ) | 1945/8/6 | 広島陸軍兵器補給廠外 | |
105 | GE29-01 | 暴風が起こり、ガラスの破片で頭と指に負傷した | 野島 亀太郎(ノジマ カメタロウ) | 1945/8/6 | 広島陸軍兵器補給廠 | |
106 | GE28-12 | 血を吹きだしながら歩く負傷者たち、倉庫に負傷者たちを寝かせる | 野島 亀太郎(ノジマ カメタロウ) | 1945/8/6 | ||
107 | GE24-27 | 負傷者をトラックで青崎国民学校へ運ぶ | 野島 亀太郎(ノジマ カメタロウ) | 1945/8/6 | 広島陸軍兵器補給廠 | |
108 | GE31-25 | 根こそぎ倒れた巨木、黒焦げで男女の別も分からない人々の死体 | 重谷 喜美江(オモタニ キミエ) | 1945/8/8 | 白神社付近 | |
109 | GE23-17 | 母の死を知らぬ子と茫然としている父親 | 遠藤 弘(エンドウ ヒロシ) | 1945/8/6 | 天満町 | |
110 | GE44-01 | 火の海の中を自宅へ向う作者 | 道辻 芳子(ミチツジ ヨシコ) | 1945/8/6 | 鶴見橋付近 | |
111 | GE14-43 | 火の海の中を自宅へ向かう作者 | 道辻 芳子(ミチツジ ヨシコ) | 1945/8/6 | 鶴見橋附近 | |
112 | GE33-10 | 負傷者を看護する兵隊、死体を安置所から金輪島に運ぶトラック | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 1945/8/7 | 陸軍船舶司令部(暁部隊) | |
113 | GE24-26 | いかだと暁部隊の船、燃える電柱 | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 1945/8/6 | 住吉橋 | |
114 | GE10-11 | 収容された負傷者を看護する兵隊、死体を運ぶトラック | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 陸軍船舶司令部(暁部隊) | ||
115 | GE06-40 | 川に浮かぶいかだと暁部隊の船 | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 住吉橋 | ||
116 | GE06-39 | 橋の上、水の中で苦しむ人々 | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 1945/8/6 | 住吉橋 | |
117 | GE06-12 | いかだに乗って避難する子供と、必死で叫ぶ乗り遅れた親 | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 1945/8/6 | 住吉橋下流 | |
118 | GE09-13 | 焼け残った我家で怪我人の応急手当をし、むすびをもたせる | 道岡 クニ子(ミチオカ クニコ) | 1945/8/6~8/7 | 白島東中町 | |
119 | GE43-29 | 50歳くらいの男子の死体 | 進藤 博(シンドウ ヒロシ) | 1945/8/7 | 天神町セメント組合(旧中村医院)入口 | |
120 | GE43-25 | 40歳くらいの男子の死体 | 進藤 博(シンドウ ヒロシ) | 1945/8/7 | 天神社境内 |