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トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)"

原爆の絵

種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)" で 1988 件検索されました。

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No 画像 コード 絵の内容 作者名 情景年月日 情景場所
261 GE06-25 脱線した汽車と川に浮かぶ死体、川原や饒津公園に避難した多数の人々 松岡 泰三(マツオカ タイゾウ) 1945/8/10 常葉橋付近
262 GE06-26 焼け跡の鉄柱の下の人骨、馬の骨 萩原 貞子(ハギワラ サダコ) 被爆3ヶ月位後(1945/12/初旬) 堺町付近
263 GE06-27 川に浮かぶ死体や牛、焼けただれ黒焦げになって死んだ人々 楠田 フミ子(クスダ フミコ) 1945/8/20頃 住吉橋
264 GE06-28 焼け跡に焼けきらぬ人間が黒いかたまりで残っている。川から死体を引きあげたがあまり多いので途中でやめた 渡慶次 恒徳(トケシ コウトク) 1945/8/7 横川橋
265 GE06-29 波により打ち上げられた白骨化した死体 大本 貢(オオモト ミツギ) 1945/9/初旬 三菱重工業広島造船所江波工場
266 GE06-30 上半身防火用水槽につっこんだまま死んでいる中学生 瀬島 唯男(セジマ タダオ) 1945/8/7 鉄砲町
267 GE06-32 油で焼く死体の山 竹本 重市(タケモト ジュウイチ) 1945/8/8 水主町付近
268 GE06-33 広島護国神社の鳥居と広島県産業奨励館、焼けた樹木と瓦礫 小尻 勉(コジリ ツトム) 広島護国神社
269 GE06-34 山の岩の上から見た市内、燃えている汽車、一面の焼野原で倉と煙突が残っていた 西谷 辰雄(ニシタニ タツオ) 牛田水源地
270 GE06-35 沢山の収容者の名簿をさがし、名前不明県立広島第二中学校一年生の骨を子供と思い骨をもらう 宮地 臣子(ミヤジ トミコ) 1945/9/15 広島市役所
271 GE06-36 血を吐きながら亡くなった弟。鼻血、脱毛があり身体中に赤い小さな斑点ができていた 山下 正人(ヤマシタ マサト) 1945/8/31 坂町・小屋浦の自宅
272 GE06-37 南大橋から電鉄本社まで、三人の親子連れを励まして歩く 原 美味(ハラ ヨシミ) 1945/8/6 南大橋
273 GE06-38 地下豪入口で30人余りの人が血だらけで折り重なり死んでいた 小橋 染春(コバシ ソメハル) 1945/8/6 広島憲兵分隊(光道学校)地下ごう入口
274 GE06-39 橋の上、水の中で苦しむ人々 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) 1945/8/6 住吉橋
275 GE06-40 川に浮かぶいかだと暁部隊の船 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) 住吉橋
276 GE06-41 火災の中を電車通に向う 永尾 勝實(ナガオ カツミ) 1945/8/7 福島町
277 GE06-43 廿日市へ収容されるため比治山を降りる時の情景 藤瀬 朝子(フジセ アサコ) 1945/8/9 比治山入り口多聞院付近
278 GE06-44 負傷しても持ち場を離れられない兵隊、火傷に薬をぬるハケと死体につける荷札を持つ 松室 一雄(マツムロ カズオ) 1945/8/6 比治山線鶴見橋停留所前
279 GE06-45 病院前に足の踏み場もない程倒れている被災者 初谷 忠曷(ハツヤ タダカツ) 1945/8/9 広島赤十字病院
280 GE06-46 姪の家の玄関前に倒れていた女性の死体、足はすでに白骨化していた 藤田 弥生(フジタ ヤヨイ) 1945/8/8 東観音町

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