トップページ原爆の絵種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)"
種別 "市民が描いた原爆の絵(昭和49、50年収集)" で 1988 件検索されました。
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No | 画像 | コード | 絵の内容 | 作者名 | 情景年月日 | 情景場所 |
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241 | GE06-03 | 夫の棺を運び焼場で火葬する | 中山 清子(ナカヤマ キヨコ) | 1945/8/8 | ||
242 | GE06-04 | 東練兵場から中山村へ避難するため大内越峠を越える被爆者の行列 | 有木 絢子(アリキ アヤコ) | 1945/8/6 | 大内越峠 | |
243 | GE06-05 | 比治山の横穴に多くの重傷者が収容され全身、火傷の人のうめき声が満ちていた | 藤瀬 朝子(フジセ アサコ) | 1945/8/6 | 比治山 | |
244 | GE06-06 | 安村に行く途中三篠の竹やぶに避難する。この中で多くの人が死んで行った。 | 冨田 實(トンダ ミノル) | 1945/8/6 | 三篠の竹やぶ | |
245 | GE06-07 | こわれた昭和大橋、五日市に向うため横川橋を渡る | 小笠原 春子(オガサワラ ハルコ) | 1945/8/9 | 昭和大橋、横川橋 | |
246 | GE06-08 | 骨折で倒れた私、ニワトリをかかえた弟と会う、山道を逃げる人々 | 松室 一雄(マツムロ カズオ) | 1945/8/6 | 鶴見橋より比治山に登る道 | |
247 | GE06-09 | 衣類もなく、焼けただれ、雨に打たれながら、宇品方面へ逃げる人々 | 石本 孝雄(イシモト タカオ) | 1945/8/6 | 御幸橋北詰交番所前 | |
248 | GE06-10 | 黒い雨のふる中、爆風で家の下敷になった夫を見守る婦人 | 西田 輝美(ニシダ テルミ) | 1945/8/6 | 三滝町 | |
249 | GE06-11 | 砂利のように積んである人骨の中に家族の骨を捜す | 木村 貞子(キムラ サダコ) | 1945/8/20 | 新大橋西詰 | |
250 | GE06-12 | いかだに乗って避難する子供と、必死で叫ぶ乗り遅れた親 | 道田 芳江(ミチダ ヨシエ) | 1945/8/6 | 住吉橋下流 | |
251 | GE06-14 | 倒れた柱の下敷きになり、炎の中で子どもたちは母親を呼ぶ | 西田 輝美(ニシダ テルミ) | 1945/8/6 | 西引御堂町 | |
252 | GE06-15 | ほとんど裸同様で幽霊のように手首をさげて無言で歩く被災者たち | 吉川 光馬(ヨシカワ ミツマ) | 1945/8/6 | 舟入本町通り | |
253 | GE06-16 | 足を火傷し皮と生身の間に入る砂をつまみ出している女性、吐いている人、火傷で倒れた中学生など | 岡崎 秀彦(オカザキ ヒデヒコ) | 1945/8/6 | 比治山公園中腹 | |
254 | GE06-18 | 避難した無数の負傷者が水を求める中、弟、妹を捜す | 土居 ミチ(ドイ ミチ) | 1945/8/7 | 縮景園 | |
255 | GE06-19 | 木につながれたまま死んだ牛、水槽の死者、道端で水を求める人 | 桑本 トキコ(クワモト トキコ) | 1945/8/7 | 横川町より寺町 | |
256 | GE06-20 | 水をほしがる人々に水筒の水をあげる | 下谷 軍一(シモタニ グンイチ) | 1945/8/8 | 己斐国民学校(己斐小学校) | |
257 | GE06-21 | 郵便車で避難し、駅のプラットホームに寝かされた人々 | 上西 薫(カミニシ カオル) | 1945/8/11 | 芸備線三次駅(現在の西三次駅) | |
258 | GE06-22 | 松根油をボロ切れにつけ火傷した人にぬって手当している | 田中 武彦(タナカ タケヒコ) | 1945/8/6 | 大州付近の国道2号線 | |
259 | GE06-23 | 救護班の活動 | 中野 正英(ナカノ マサヒデ) | 1945/8/6~8/8 | 東練兵場 | |
260 | GE06-24 | 医者に治療を受ける娘、治療を繰り返すが、21日に亡くなる | 奥野 浅子(オクノ アサコ) | 1945/8/11~8/21 | 大河国民学校 |